・・・蟹の長男は父の没後、新聞雑誌の用語を使うと、「飜然と心を改めた。」今は何でもある株屋の番頭か何かしていると云う。この蟹はある時自分の穴へ、同類の肉を食うために、怪我をした仲間を引きずりこんだ。クロポトキンが相互扶助論の中に、蟹も同類を劬ると・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・教科書には学校の性質上海上用語が沢山出て来る。それをちゃんと検べて置かないと、とんでもない誤訳をやりかねない。たとえば Cat's paw と云うから、猫の足かと思っていれば、そよ風だったりするたぐいである。 ある時彼は二年級の生徒に、・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・踏みとどまる以上は、極力その階級を擁護するために力を尽くすか、またはそうはしないかというそれである。私は後者を選ばねばならないものだ。なぜというなら、私は自分が属するところの階級の可能性を信ずることができないからである。私は自己の階級に対し・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ 詩が内容の上にも形式の上にも長い間の因襲を蝉脱して自由を求め、用語を現代日常の言葉から選ぼうとした新らしい努力に対しても、むろん私は反対すべき何の理由ももたなかった。「むろんそうあるべきである」そう私は心に思った。しかしそれを口に出し・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ よし、ただ、南無とばかり称え申せ、ここにおわするは、除災、延命、求児の誓願、擁護愛愍の菩薩である。「お爺さん、ああ、それに、生意気をいうようだけれど、これは素晴らしい名作です。私は知らないが、友達に大分出来る彫刻家があるので、門前・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・そのたびに自分は、その牛を捕えやりつつ擁護の任を兼ね、土を洗い去られて、石川といった、竪川の河岸を練り歩いて来た。もうこれで終了すると思えば心にも余裕ができる。 道々考えるともなく、自分の今日の奮闘はわれながら意想外であったと思うにつけ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 勿論、演壇または青天井の下で山犬のように吠立って憲政擁護を叫ぶ熱弁、若くは建板に水を流すようにあるいは油紙に火を点けたようにペラペラ喋べり立てる達弁ではなかったが、丁度甲州流の戦法のように隙間なく槍の穂尖を揃えてジリジリと平押しに押寄・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・しかるに、アカデミックの芸術は、旧文化の擁護である。旧道徳の讃美である。 私達は、IWWの宣言に、サンジカリストの行動に、却って、芸術を見て、所謂、文芸家の手になった作品に、それを見ないのは何故か。彼等の作品が、商品化されたばかりでなく・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・それは詩歌のみならず、凡ての芸術はいつの時代にもその時代の文化の、擁護を以て任じて来たからである。現在に於いても、大凡の芸術は、これまでの文化の擁護と見做されていると見るのが至当であろう。 然し敢て言うが、これらは私の求むるところの詩で・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・ しかし、厳密にいえば、健全なる家庭生活以外には、家族制度の基礎がありとは、考えられないのであるが、すでに、家庭にしてかくのごとくとせば、学校がこれに代り、もしくは社会が、児童を擁護しなければならぬのは当然のことです。幼弱者虐待防止案と・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
出典:青空文庫