・・・主家に対する忠義の心の、よもや薄い筈の木沢殿ではござるまいが。」と責むるが如くに云うと、左京の眼からも青い火が出たようだった。「若輩の分際として、過言にならぬよう物を言われい。忠義薄きに似たりと言わぬばかりの批判は聞く耳持たぬ。損得・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ もがきあがいて、作家たる栄光得て、ざまを見ろ、麻薬中毒者という一匹の虫。よもやこうなるとは思わなかったろうね。地獄の女性より。」月日。「謹啓。太宰様。おそらく、これは、女性から貴方に差しあげる最初の手紙と存じます。貴方は、女だ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「よもやそんなことはあるまい、あるまいけれど、な、わしの銅像をたてるとき、右の足を半歩だけ前へだし、ゆったりとそりみにして、左の手はチョッキの中へ、右の手は書き損じの原稿をにぎりつぶし、そうして首をつけぬこと。いやいや、なんの意味も・・・ 太宰治 「葉」
・・・あの時の事を、よもや忘れてはいないでしょう? あなたは、女学校へはいるようになったら、もう、私とあんな事があったのをすっかり忘れてしまったような顔をしていましたが、あなたは、あの時から、私のところにお嫁に来なければならなくなっていたのです。・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・しかし、よもや心中でもあるまい。 青森湾沿岸の家の屋根の様式は日本海海岸式で、コケラ葺の上に石塊を並べてあるのが多い。汽車から見た青森市の家はほとんど皆トタン葺またはコケラ葺の板壁である。いかにも軽そうで強風に吹飛ばされそうな感じがする・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・しかしこの有機体の細胞であり神経であるところの審査員や出品者が全部入り代らない限りは、変化とは云うものの、むしろ同じものの相の変化であって、よもや本質の変化ではあるまい。それで今私が頭の中に有っている「帝展の心像」を取り出して、それについて・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・あって逃げ道を海によって遮断せられ、しかも飛び火のためにあちらこちらと同時に燃え出し、その上に風向旋転のために避難者の見当がつかなかったことなども重要な理由には相違ないが、何よりも函館市民のだれもが、よもやあのような大火が今の世にあり得よう・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・鋏の発明者も、よもやこれが簔虫を取るために使われようとは思わなかったろう。鋏の先を半ば開いた形で、竿の先に縛りつけた。円滑な竹の肌と、ニッケルめっきの鋏の柄とを縛り合わせるのはあまり容易ではなかった。 ぶらぶらする竿の先を、ねらいを定め・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・蚕や蛇が外皮を脱ぎ捨てるのに相当するほど目立った外見上の変化はないにしても、もっと内部の器官や系統に行われている変化がやはり一種の律動的弛張をしないという証拠はよもやあるまいと思われる。 そのような律動のある相が人間肉体の生理的危機であ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・これが全体十七句の五割以上を占領しているのは、よもや全くの偶然とは言われまい。 ここで以上にあげた作家のために一言弁じておかなければならないことは、これらの後世に伝わった僅少な句だけを見て、これからこれらの作家の頭の幅員を論じてはならな・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫