・・・こんなに雨が降っているし、セルならば、すぐよれよれになってしまう。」どうしても、あれを、はいて行きたかったのである。「セルが、いいのよ。」家内は、歎願の口調になった。「濡れないように風呂敷にお包みになって持っていらっしゃったら? 向うに・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・服装なども無頓着であったらしく、よれよれの和服の着流しで町を歩いている恰好などちょっと高等学校の先生らしく見えなかったという記憶がある。それはとにかく、その当時夏目先生と何かと世間話していたとき、このS先生の噂をしたら先生は「アー、Sかー」・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・駅員の一人がバスケットをさげてあとからついて来る。よれよれに寝くたれた、しかも不つりあいに派手な浴衣を、だらしなく前上がりに着て、後ろへはほどけかかった帯の端をだらりとたらしている。頭髪もすずめの巣のように乱れているが、顔には年に似合わぬ厚・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・だいぶよれよれになった背広を着て、だん袋のようなズボンをはいているようであった。自分より前から来ていたが注文の品が手間どるので少しじりじりしているらしくなんとなく落ち着かない挙動がうしろから見ている自分の目についた。 向こう側の三人の爆・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・とおっしゃるとだまったままでうなずいて一寸私の顔をぬすみ見てはよれよれになった袂の先をいじって居る。お祖母様は水色の封筒を四つと三本筆を一つ、細巻の状紙を一つ取って「いくらだい」とおっしゃると土間の石ころを見つめながら「二十六銭」ききとれな・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・ 私の財布には、偶然もち合わした、よれよれの五円札が二枚あるぎりである。狐の誑し遊びのように、ちょいと形を代えて細かい札にさえすれば、何十万円という金が、脱税出来るからくりとは知らなかった。インフレーションで悲鳴をあげているのは、実直な・・・ 宮本百合子 「人間の道義」
・・・ 重吉が網走からもってかえって来た人絹の古い風呂敷包みの中には、日の丸のついた石鹸バコ、ライオンはみがきの紙袋、よれよれになった鉄道地図、そして、一まとめに大事にくくった書類が入っていた。その束の中に、一通の電報があった。デタラスグカエ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 今ねえ私中西屋さんに居んのよ、よれよれって云うんだもの……姉さん来ない? え? いらっしゃいよ、よ、ね?」「おいおい」 これは太い男の声が割り込んだ。「何だって? ハッハッハッ、そんなこたどうでもいいから来いよ、風邪なんか熱い・・・ 宮本百合子 「町の展望」
出典:青空文庫