・・・黎明の光の中に黒い覆面をした男とAとが出て行くのが見える。 ×兵卒が五六人でBの死骸を引ずって来る。死骸は裸、所々に創がある。――竜樹菩薩に関する俗伝より――・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・当時米国の公使として令名のあった森有礼氏に是非米国の婦人を細君として迎えろと勤めたというのもその人だ。然し黒田氏のかゝる気持は次代の長官以下には全く忘れられてしまった。惜しいことだったと私は思う。 私は北海道についてはもっと具体的なこと・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ * * * 外の摸様はもうよほど黎明らしくなっている。空はしらむ。目に見えない湿気が上からちぎれて落ちて来る。人道の敷瓦や、高架鉄道の礎や、家の壁や、看板なんぞは湿っている。・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・が、落款があっても淡島椿岳が如何なる画人であるかを知るものは極めて少なく、縦令名を知っていても芸術的価値を認むるものが更にいよいよ少ないのだから、円福寺に限らず、ドコにあっても椿岳の画は粗末に扱われて児供の翫弄となり鼠の巣となって亡びてしま・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・『魯文珍報』は黎明期の雑誌文学中、較や特色があるからマダシモだが、『親釜集』が保存されてるに到っては驚いてしまった。 一と頃江戸図や武鑑を集めていた事があった。本郷の永盛の店頭に軍服姿の鴎外を能く見掛けるという噂を聞いた事もある。その頃・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・かくて二人は一山の落ち葉燃え尽くるまで、つきぬ心を語りて黎明近くなりて西の空遠く帰りぬ。その次の夜もまた詩人は積みし落ち葉の一つを燃かしむれば、男星女星もまた空より下りて昨夜のごとく語りき。かくて土曜の夜まで、夜々詩人の庭より煙たち、夜ふく・・・ 国木田独歩 「星」
・・・私の腐った唇から、明日の黎明を言い出すことは、ゆるされない。裏切者なら、裏切者らしく振舞うがいい。『職人ふぜい。』と噛んで吐き出し、『水呑百姓。』と嗤いののしり、そうして、刺し殺される日を待って居る。かさねて言う、私は労働者と農民とのちから・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・の女房の妹だの叔母だの、何やらかやらの女どものために、複雑奇妙の攻撃を受け、この世に女のいるあいだは、私の身の置き場がどこにも無いのではなかろうかと、ほとほと手を焼いて居りましたら、このたび民主主義の黎明が訪れてまいりまして、新憲法に依って・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 黎明に兵站部の軍医が来た。けれどその一時間前に、渠は既に死んでいた。一番の汽車が開路開路のかけ声とともに、鞍山站に向かって発車したころは、その残月が薄く白けて淋しく空にかかっていた。 しばらくして砲声が盛んに聞こえ出した。九月・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 大概の芸術は人類の黎明時代にその原型をもっている。文学は文字の発明以前から語りものとして伝わり、絵画彫刻は洞壁や発掘物の表面に跡をとどめている。音楽舞踊はいかなる野蛮民族の間にも現存する。建築や演劇でも、いずれもかなりな灰色の昔にまで・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫