・・・私はことし既に三十九歳になるのであるが、私のこれまでの文筆に依って得た収入の全部は、私ひとりの遊びのために浪費して来たと言っても、敢えて過言ではないのである。しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼・・・ 太宰治 「父」
・・・ 可憐、などと二十六歳の私が言うのも思い上っているようですが、いじらしさ、と言えばいいか、とにかく、力の浪費もここまで来ると、見事なものだと思いました。このひとたちが、一等をとったって二等をとったって、世間はそれにほとんど興味を感じない・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・一日わが孤立の姿、黙視し兼ねてか、ひとりの老婢、わが肩に手を置き、へんな文句を教えて呉れた。曰く、見どころがあって、稽古がきびしすぎ。 不眠症は、そのころから、芽ばえていたように覚えています。私のすぐ上の姉は、私と仲がよかった。私、小学・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・数万円の金銭を浪費した。長兄の苦労のほどに頭さがる。舌を焼き、胸を焦がし、わが身を、とうてい恢復できぬまでにわざと損じた。百篇にあまる小説を、破り捨てた。原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじて、これだけである。これだけ。原稿用紙、六百・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・聯想は聯想を生んで、その身のいたずらに青年時代を浪費してしまったことや、恋人で娶った細君の老いてしまったことや、子供の多いことや、自分の生活の荒涼としていることや、時勢におくれて将来に発達の見込みのないことや、いろいろなことが乱れた糸のよう・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・始めから終わりまで道に迷い通しに迷って、無用な労力を浪費するばかりで、結局目的地の見当もつかずに日が暮れてしまうのがおちであろうと思われる。 しかし学校教育の必要といったような事を今さら新しくここで考え論じてみようというのではない。ただ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・カルネラはそんなことなどは問題にしないと見えて絶えず攻勢を持続するのはよいが、やみなしに中庸な突きを繰り返しているのは、仕事の経済から見ても非常に能率の悪いしかたで、無益の動作に勢力をなしくずしに浪費しているように見えるのであった。ベーアは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・東京では運転手は器械の一部であり、乗客は荷重であるに過ぎない、従って詫言などはおよそ無用な勢力の浪費である。 この辺の植物景観が関東平野のそれと著しくちがうのが眼につく。民家の垣根に槙を植えたのが多く、東京辺なら椎を植える処に楠かと思わ・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・反対に乙型の人間から見れば甲型の人々は積極的なようではあるが、また無用な勢力の浪費者であり、人の迷惑を顧みない我利我利亡者のように見える。しかし甲はまたある場合に臨んで利害を打算せず自他の区別を立てないためにたのもしくあたたかい人間味の持ち・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・私のようなものでなくても、下車後にこれくらいの時を浪費しないという保証をしうる人が何人あるか疑わしい。 このような事はおそらくわかりきった事であって、だれでも知りきっている事でなければならない。それにもかかわらず、大多数の東京市内電車の・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
出典:青空文庫