・・・人にすすめられた種だけをまいて、育たないはずのものを育てる努力にひと春を浪費しなくてもよさそうに思われる。それかといって一度育たなかった種は永久に育たぬときめることもない。前年に植えたもののいかんによって次の年に適当なものの種類はおのずから・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・……日本の会合は時間の有害な浪費であると自分は思うと言った。……研究をさらに進めるため洋行する日本の青年学者を思ってみよ。……ところで日本へ帰って来ると、仕事をせよと奨励されずに、会合に出て宴会に出席して、雑誌を発刊して、演説をして、無報酬・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・彼女は郷里の父の家に前後十五年近く勤めた老婢である。自分の高等学校在学中に初めて奉公に来て、当時から病弱であった母を助けて一家の庶務を処理した。自分が父の没後郷里の家をたたんでこの地へ引っ越す際に彼女はその郷里の海浜の村へ帰って行った。彼女・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・その時分私は放縦な浪費ずきなやくざもののように、義姉に思われていた。 私はどこへ行っても寂しかった。そして病後の体を抱いて、この辺をむだに放浪していた、そのころの痩せこけた寂しい姿が痛ましく目に浮かんできた。今の桂三郎のような温良な気分・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・をえざるに至れり、彼二婆さんは余が黄色の深浅を測って彼ら一日のプログラムを定める、余は実に彼らにとって黄色な活動晴雨計であった、たまた※降参を申し込んで贏し得たるところ若干ぞと問えば、貴重な留学時間を浪費して下宿の飯を二人前食いしに過ぎず、・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・『坊っちゃん』にお清という親切な老婢が出る。僕の家にも事実はあんな老婢がいて、僕を非常にかわいがってくれた。『坊っちゃん』の中に、お清からもらった財布を便所へ落とすと、お清がわざわざそれを拾ってもってきてくれる条があった。僕は下女に金をもら・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・だから物を浪費しないことは大切なことなのだ。但し穀作や何かならばそんなにひどく虫を殺したりもしないのだ。極端な例でだけ比較をすればいくらでもこんな変な議論は立つのです。結局我々はどうしても正しいと思うことをするだけなのだ。」 拍手が起り・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・じっと心を守り、余分な精力と注意は一滴も他に浪費しないように、念を入れ心をあつめて、ペンならペン、絵筆なら絵筆を執るべきでしょう。 恋愛に対してもそうであろうと思われます。決して卑しく求むべきではないし、最上とか何とか先入的な価値の概念・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・あれをよむと、おそろしいような生々しさで、子供だったゴーリキイの生きていた環境の野蛮さ、暗さ、人間の善意や精力の限りない浪費が描かれている。その煙の立つような生存の渦のなかで、小さいゴーリキイは、自分のまわりにどんな一冊の絵本ももたなかった・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫