・・・人の心の事がなんでもお分かりになるあなたに伺ってみたら、それが分かるかも知れません。わたくしこれまで手紙が上げたく思いましたのは、幾度だか知れません。それでいて、いざとなると、いつも大胆に筆を取ることが出来なくなってしまいました。今日は余り・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・今日は二の酉でしかも晴天であるから、昨年来雨に降られた償いを今日一日に取りかえそうという大景気で、その景気づけに高く吊ってある提灯だと分るとその赤い色が非常に愉快に見えて来た。 坂を下りて提灯が見えなくなると熊手持って帰る人が頻りに目に・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・みんなにもほんとうにいいということが判るようになったら、ぼくは同じ塩水で長根ぜんたいのをやるようにしよう。一軒のうちで三十円ずつ得してもこの部落全体では四百五十円になる。それが五、六人ただ半日の仕事なのだ。塩水選をする間は父はそこらの冬の間・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・を実例として、ルポルタージュと記録小説との、芸術化の時間的過程の相異を明らかにしようとしていることは分る。が、芸術化の過程が一条件としてもっている諸現象の評価、そのより特徴的な方向の取捨選択の必要を、「現実を歪曲する」権利という表現で強調し・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・しかし秀麿は寝る時必ず消して寝る習慣を持っているので、それが附いていれば、又徹夜して本を読んでいたと云うことが分かる。それで奥さんは手水に起きる度に、廊下から見て、秀麿のいる洋室の窓の隙から、火の光の漏れるのを気にしているのである。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・手紙を拾った翌日あなたの御亭主の正体が分かる。あなたのうそが分かる。そこでわたくしは無駄骨を折らなくてもいい事になる。あんな御亭主に比べて見れば、わたくしは鬚ぐらい剃らずにいたって、十割も男が好いわけですからね。そこでわたくしは段々身だしな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・「云うとこまで云わにゃことが分るかい。勘を呼んで来い、勘を。」「姉やん、もうこうなったら本当にきりがないでな。姉やんとこ今晩ひと晩、安次を置いといてやっとくれ。」「そんな鳥黐桶へ足突っこむようなこと、わしらかなわんわ。」とお霜は・・・ 横光利一 「南北」
・・・自然学の趣味もあるという事が分かる。家具は、部屋の隅に煖炉が一つ据えてあって、その側に寝台があるばかりである。「心持の好さそうな住まいだね。」「ええ。」「冬になってからは、誰が煮炊をするのだね。」「わたしが自分で遣ります。」・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そういう人間がどこにいるかは、彼の同志になるか、または専門の刑事にでもならなければ解るものでない。反対に人間の数は少なくとも、著しく目につくものがある。自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫