・・・ 自分は幾度となく、青い水に臨んだアカシアが、初夏のやわらかな風にふかれて、ほろほろと白い花を落すのを見た。自分は幾度となく、霧の多い十一月の夜に、暗い水の空を寒むそうに鳴く、千鳥の声を聞いた。自分の見、自分の聞くすべてのものは、ことご・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・…… 下の谷間に朝霧が漂うて、アカシアがまだ対の葉を俯せて睡っている、――そうした朝早く、不眠に悩まされた彼は、早起きの子供らを伴れて、小さなのは褞袍の中に負ぶって、前の杉山の下で山笹の筍など抜いて遊んでいる。「お早うごいす」 ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 雪の札幌 樹木についた雪、すぐ頭の上まで、積雪で高まった道路の為来るアカシアの裸の、小さいとげのある枝。家々の煙突。 犬の引く小さい運搬用橇 石炭をつんでゆく馬橇 女のカクマキ姿 空、晴れてもあの六・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫