・・・パナマらしい帽子にアルパカの上衣を着て細身のステッキをさげている。小さな声で穏やかに何か云っていたが、結局別に新しい切符を出して車掌に渡そうとした。 二人の車掌が詰め寄るような勢いを示して声高にものを云っていた。「誤魔化そうと思ったんで・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・お前さんたちがどんなに田舎者見てえな恰好をしてたって、番頭に化けたって、腰弁に化けて居たって、第一、おめえさんなんぞ、上はアルパカだが、ズボンがいけねえよ。晒しでもねえ、木綿の官品のズボンじゃねえか。第一、今時、腰弁だって、黒の深ゴムを履き・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・黒いアルパカの外套を着て、古びて形のくずれた丸い柔い旅行帽をかぶったマリアは、単身その重い箱を持って満員の列車に乗りこんだ。客車の中は敗戦の悲観論にみち溢れている。鉄道沿線の国道には、西へ西へと避難してゆく自動車の列がどこまでも続いている。・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・断髪の方の髪の工合をコートがなおしてやって居る 通行人 ポートフォリオを抱えた爺、学生、アルパカの上っぱりをきた職人、若い女――浴衣、すあし、唐人まげ 特に若い女断髪の方をしきりに見てゆく 男却って感情あらわさず 女皆 おや・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫