・・・ と小さく叫んで、素早くエプロンをはずし、私の斜め前に膝をついた。 私は、私の名前を言ってお辞儀した。「まあ、それは、それは。いつも、もう細田がお世話になりまして、いちどわたくしもご挨拶に伺いたいと存じながら、しつれいしておりま・・・ 太宰治 「女神」
・・・白いエプロンを掛けている。「あなたは?」私は瞬時、どぎまぎした。「はあ。」とだけ答えて、それから、くすくす笑い、奥に引っ込んでしまった。「おや、まあ。」と言ってお母さんが、入れちがいに出て来た。「あれは旅行に出かけましたよ。ひど・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・大柄な肥った女で、近頃はやる何とかいう不思議な髪を結って、白いエプロンを掛けていた。 前のボーイはどうしたのだろう、聞いてみたいと思いながらもとうとう何も聞かずにそこを出た。 何だか少し物足りないような心持になって、そこらのバラック・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・白のエプロンをかけた船のナースがシェンケでポルト酒かなにかもらってなめている。例のドイツ士官のコケットもきょうは涼しそうに着かえて歩きまわっている。四月七日 朝食後に上陸して九竜を見に行く。……海岸に石切り場がある。崖の風化した柔ら・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・無筆のお妾は瓦斯ストーヴも、エプロンも、西洋綴の料理案内という書物も、凡て下手の道具立なくして、巧に甘いものを作る。それと共に四季折々の時候に従って俳諧的詩趣を覚えさせる野菜魚介の撰択に通暁している。それにもかかわらず私はもともと賤しい家業・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・アメリカの漫画によくあるように男が女からかけられたエプロンをかけて、女の代りに子供のオムツも洗ってやる、と誇ることだろうか。 一時のこと、特別な場合として勿論そういうことも起るのは生活の自然だけれども、男女の協力ということは、決して、今・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・この時はもう優美な日本女性のシンボルであった丸髷はエプロン姿にその象徴をゆずった。 エプロン姿は幾旬日かの間に、良人にかわって一家の経営をひきついで行かなければならなくなった主婦たちの感情を反映するようになり、この多岐な一年の終りの近づ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・を守るという形も、さまざまな経済事情の複雑さにつれて複雑になって来ていて、人間としてある成長の希望を心に抱いている男のひと自身、すでに、いわゆる女らしく、朝は手拭を姉様かぶりにして良人を見送り、夕方はエプロン姿で出迎えてひたすら彼の力弱い月・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ジェニファーをやるユンツェルもイレーネやババもその他みなそれぞれ活きていて、ババをやっているゲラルディーネは、真白に洗濯されたエプロンが青葉風にひるがえっているような心持で面白かった。十二年前、二人の娘とカルタで負けた借金をのこして良人が死・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 縞の小さいエプロンをかけた彼女が食器を積んだ大盆を抱えて不本意らしく台所に出てゆく姿を見送ると、彼は思わず眉を顰めて頭を振った。 都合の悪いのは今朝に限って、寝室にいる彼に明るい夜の台所の模様がはっきり、手にとるように判ることであ・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫