・・・ミスラ君は永年印度の独立を計っているカルカッタ生れの愛国者で、同時にまたハッサン・カンという名高い婆羅門の秘法を学んだ、年の若い魔術の大家なのです。私はちょうど一月ばかり以前から、ある友人の紹介でミスラ君と交際していましたが、政治経済の問題・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・捻り廻して鬱いだ顔色は、愍然や、河童のぬめりで腐って、ポカンと穴があいたらしい。まだ宵だというに、番頭のそうした処は、旅館の閑散をも表示する……背後に雑木山を控えた、鍵の手形の総二階に、あかりの点いたのは、三人の客が、出掛けに障子を閉めた、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・りと分けて、雪に紛う鷺が一羽、人を払う言伝がありそうに、すらりと立って歩む出端を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺に、たちまち一朶の黒雲の湧いたのも気にしないで、折敷にカンと打った。キャッ! と若い女の声。魂・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
梅雨のうちに、花という花はたいていちってしまって、雨が上がると、いよいよ輝かしい夏がくるのであります。 ちょうどその季節でありました。遠い、あちらにあたって、カン、カン、カンカラカンノカン、……という磬の音がきこえてきました。・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・ 正ちゃんは、かおを まっかに して、力いっぱい バットを ふりました。カンと 音が すると、すごい あたりでした。「ヒット、ヒット。」と、いう こえが おこりました。つづいて、「ホームラン、ホームラン。」と、いう こえ・・・ 小川未明 「はつゆめ」
・・・「おのれこそ、婚礼の晩にテンカンを起して、顔に草鞋をのせて、泡を吹きよるわい」「おのれの姉は、元日に気が触れて、井戸の中で行水しよるわい」「おのれの女房は、眼っかちの子を生みよるわい」 などと、何れも浅ましく口拍子よかった中・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ で彼はお昼からまた、日のカン/\照りつける中を、出て行った。顔から胸から汗がぽた/\流れ落ちた。クラ/\と今にも打倒れそうな疲れた頼りない気持であった。歯のすり減った下駄のようになった日和を履いて、手の脂でべと/\に汚れた扇を持って、・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「それほどまでに二人が艱難辛苦してやッと結婚して、一緒になったかと思うと間もなく、ポカンと僕を捨てて逃げ出して了ったのです」「まア痛いこと! それで貴下はどうなさいました。」とお正の眼は最早潤んでいる。「女に捨てられる男は意気地・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・すると母、やはり気がとがめるかして、少し気色を更え、音がカンを帯びて、「なに私どもの処に下宿している方は曹長様ばかりだから、日曜だって平常だってそんなに変らないよ。でもね、日曜は兵が遊びに来るし、それに矢張上に立てば酒位飲まして返すから・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ワーシカは、ポカンとして、しばらくそこに不思議がりながら立っていた。密輸入者はどうしたんだろう。 だが、間もなく、ワーシカの疑問は解決された。朝鮮銀行がやっていた、暗黒相場のルーブル売買が禁止されたのが明らかになった。密輸入者が国外へ持・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫