・・・泥だらけになった新蔵は、ガソリンの煙を顔に吹きつけて、横なぐれに通りすぎた、その自働車の黄色塗の後に、商標らしい黒い蝶の形を眺めた時、全く命拾いをしたのが、神業のような気がしたそうです。 それが鞍掛橋の停留場へ一町ばかり手前でしたが、仕・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ これは。ガソリンのようなにおいがしますね。 サントリイ。 え? サントリイウイスキイ。無色透明なるサントリイウイスキイ。一升百五十円。 冗談じゃない。 いや、そこが面白いところさ。僕だって知ってるよ、これは薬用アルコー・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 機械的文明の発達は人間のこうした欲望の炎にガソリン油を注いだ。そのガソリンは、モーターに超高速度を与えて、自動車を走らせ、飛行機を飛ばせる。太平の夢はこれらのエンジンの騒音に攪乱されてしまったのである。 交通規則や国際間の盟約が履・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 機械的文明の発達は人間のこうした慾望の焔にガソリン油を注いだ。そのガソリンは、モーターに超高速度を与えて、自動車を走らせ、飛行機を飛ばせる。太平の夢はこれらのエンジンの騒音に攪乱されてしまったのである。 交通規則や国際間の盟約が履・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。大砲の煙などは煙のうちでもずいぶん高価な煙であろうと思うが、しかし国防のためなら止むを得ないラキジュリーであろう。ただ平・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・またたとえばガソリンが地上にこぼれたときいかなる気象条件のもとにいかなる方向にいかなる距離で引火の危険率が何プロセントであるかというようなことすらだれもまだ知らないことである。 火災延焼に関する方則も全然不明である。延焼を支配するものは・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・自動車のガソリンの煙だけでも霧の凝縮核を供給することはたいしたものであろう。寒い曇天無風の夜九段坂上から下町を見るといわゆるロンドンフォッグを思わせるものがある。これも市民のモーラルを支配しないわけにはゆかないであろう。 ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ そのとき又向うからラッパが鳴って来ました。ガソリンの音も聞えます。正直を云いますと私もこの時は少し胸がどきどきしました。さっそく又一台の赤自動車がやって来て小さな白い紙を撒いて行ったのです。 そのパンフレットを私たちはせわしく読み・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ ガソリン払底は、なるほど、郊外の奥にお住居だし、お仕事の関係上、直接でしょう。でもあなたのハンド・バッグのなかは豊富で、汽車がひっくりかえったときの内田さんのように、いくらでもとおっしゃるとすれば、マア豪勢みたいなものではないの。・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・兵士の運転手がガソリンをつめている間に、マリアはいつもながらの小さい白カラーのついた黒い服の上に外套をはおり、ボルドーへも彼女とともに旅をした例の丸帽子をかぶり、すり切れた黄色い革の鞄を持ち、運転手とならんでそのほろつきの自動車に乗った。運・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫