・・・その又端巾は言い合せたように細かい花や楽器を散らした舶来のキャラコばかりだった。 或春先の日曜の午後、「初ちゃん」は庭を歩きながら、座敷にいる伯母に声をかけた。「伯母さん、これは何と云う樹?」「どの樹?」「この莟のある樹。」・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 大隊長とその附近にいた将校達は、丘の上に立ちながら、カーキ色の軍服を着け、同じ色の軍帽をかむった兵士の一団と、垢に黒くなった百姓服を着け、縁のない頭巾をかむった男や、薄いキャラコの平常着を纏った女や、短衣をつけた子供、無帽の老人の・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・雅に嘆息をもらしたと聖書に録されてあったけれども、 妻よ、 イエスならぬ市井のただの弱虫が、毎日こうして苦しんで、そうして、もしも死なねばならぬ時が来たならば、縫い目なしの下着は望まぬ、せめてキャラコの純白のパンツ一つを作ってはかせ・・・ 太宰治 「小志」
・・・パンツも純白のキャラコである。之も、いつでも純白である。そうして夜は、ひとり、純白のシイツに眠る。 書斎には、いつでも季節の花が、活き活きと咲いている。けさは水仙を床の間の壺に投げ入れた。ああ、日本は、佳い国だ。パンが無くなっても、酒が・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ 有平糖の洋傘もいまは普通の赤と白とのキャラコです。 それから今度は風が吹きたちまち太陽は雲を外れチュウリップの畑にも不意に明るく陽が射しました。まっ赤な花がぷらぷらゆれて光っています。 園丁がいつか俄かにやって来てガチャッと持・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・○白キャラコのカーテン。そのあおり、東の表の欄間はすっかり形つなぎの硝子。こっちからなかなか風が入る。 ○線路が見える。 黄色い羽形の上についた信号燈の色 赤、青○こわれた電燈カサが床の間の隅っこにいつからか置いて・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・ 商売 帳簿を立て並べた長い台に向って、土間に、白キャラコの覆いのよごれた粗末な腰かけが三四脚おいてある。薄禿げで、口のまわりに大きい皺のある小柄な主人が縞の着物に黒ラシャ前垂をかけ、台に坐り筆で何か書いている。主人の背・・・ 宮本百合子 「日記」
出典:青空文庫