・・・ 私の小説はグロテスクでエロチックだから、合わせてグロチックだと、家人は不潔がっていた。「ああ、今も書きたいよ。題はまず『妖婦』かな。こりゃ一世一代の傑作になるよ」 家人は噴きだしながら降りて行った。私はそれをもっけの倖いに思っ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そうして口が大きくなって、いまの若い人たちなどがグロテスクとか何とかいって敬遠したがる種類の風貌を呈してまいりますので、昔の人がこれを、ただものでないとして畏怖したろうという事も想像に難くないのであります。実際また、いま日本の谷川に棲息して・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私も既に四十ちかく、髪の毛も薄くなっていながら、二十年間の秘めたる思いなどという女学生の言葉みたいなものを、それも五十歳をとうに越えられているあなたに向って使用するのは、いかにもグロテスクで、書いている当人でさえ閉口している程なのですから、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・など、まあなんという破天荒、なんというグロテスク。「恋愛は神聖なり」なんて飛んでも無い事を言い出して居直ろうとして、まあ、なんという図々しさ。「神聖」だなんて、もったいない。口が腐りますよ。まあ、どこを押せばそんな音が出るのでしょう。色気違・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・どうも、自分の文章を自分で引用するというのは、グロテスクなもので、また、その自分の文章たるや、こうして書き写してみると、いかにも青臭く衒気満々のもののような気がして来て、全く、たまらないのであるが、そこがれいの鉄面皮だ、洒唖々々然と書きすす・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・それはれいの、天狗のしくじりみたいな、グロテスクな、役者の似顔絵なのである。「似ているでしょう? 先生にそっくりですよ。きょうは先生が来るというので、特にこれをここに掛けて置いたのです。」 私はあまり、うれしくなかった。 私たち・・・ 太宰治 「母」
・・・戦争中に、あんなにグロテスクな嘘をさかんに書き並べて、こんどはくるりと裏がえしの同様の嘘をまた書き並べています。講談社がキングという雑誌を復活させたという新聞広告を見て、私は列国の教養人に対し、冷汗をかきました。恥ずかしくてならないのです。・・・ 太宰治 「返事」
・・・母の意見に依りますと、日本の紙幣には、必ずグロテスクな顔の鬚をはやした男の写真が載っているけれども、あれがインフレーションの原因だというのです。紙幣には、女の全裸の姿か、あるいは女の大笑いの顔を印刷すべきなんだそうです。そう言われてみると、・・・ 太宰治 「女神」
・・・かたちも、たいへんグロテスクだ。」「それ見ろ。無雑作の洋髪なんかが、いいのだろう? 女優だね。むかしの帝劇専属の女優なんかがいいのだよ。」「ちがうね。女優は、けちな名前を惜しがっているから、いやだ。」「茶化しちゃいけない。まじめ・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・最初に登場する寺子屋の寺子らははなはだ無邪気でグロテスクなお化けたちであるが、この悲劇への序曲として後にきたるべきもののコントラストとしての存在である以上は、こうした粗末な下手な子供人形のほうが、あるいはかえって生きたよだれくりどもよりよい・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫