・・・ コリント風の柱、ゴシック風の穹窿、アラビアじみた市松模様の床、セセッションまがいの祈祷机、――こういうものの作っている調和は妙に野蛮な美を具えていました。しかし僕の目をひいたのは何よりも両側の龕の中にある大理石の半身像です。僕は何かそ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・がまた私に指して呉れたのを見ると、黒ずんでしっかりとした幹や、細くても強健な姿を失わないあの枝は、まるでゴシック風の建築物に見る感じだ。おまけに冬の日をうけたの若葉には言うに言われぬ深いかがやきがあった。「冬」は私に言った。「お前は・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・この半島も向かいの小島もゴシック建築のようにとがり立った岩山である。草一本の緑も見えないようである。やや平坦なほうの内地は一面に暑そうな靄のようなものが立ちこめて、その奥に波のように起伏した砂漠があるらしい。この気味のわるい靄の中からいろい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 賑やかに飾った祭壇、やや下って迫持の右側に、空色地に金の星をつけたゴシック風天蓋に覆われた聖母像、他の聖徒の像、赤いカーテンの下った懺悔台、其等のものが、ステインド・グラスを透す光線の下に鎮って居る。小さいが、奥みと落付きある御堂であ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・唐門の剥落した朱の腰羽目に、墨でゴシック風の十字架の落書がしてあった。木庵の書、苑道生の十八羅漢の像などを蔵しているらしいが時間がおそくそれ等は見ず。 片側には仏具を商う店舗、右は寺々の高い石垣、その石垣を覆うて一面こまかい蔦が密生して・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・「彼が自分のドラマの中に導入した凡ての荒唐無稽さにも拘らず『マクベス』はそれでも中世紀のゴシック風の寺院の如く巨大なる、絶大なる作品である」「人類の全世界史的発達の各々の瞬間は、同様に豊富なる収穫を詩のために与えるものだということの証拠・・・ 宮本百合子 「ベリンスキーの眼力」
・・・新聞の散った小テーブルがゴシック窓の前にあって――ああ。ここから土曜日の午後、一紳士が茶を飲んでいるのが見えたのである。絨毯が敷いてあるから足音がしなかった。今誰もいないがやがてここで茶を飲むであろう人間のために純白の布をかけたテーブルの上・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫