・・・同時にまた脚は――と言うよりもズボンはちょうどゴム風船のしなびたようにへなへなと床の上へ下りた。「よろしい。よろしい。どうにかして上げますから。」 年とった支那人はこう言った後、まだ余憤の消えないように若い下役へ話しかけた。「こ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「とてもゴムの乳っ首くらいじゃ駄目なんですもの。しまいには舌を吸わせましたわ」「今はわたしの乳を飲んでいるんですよ」妻の母は笑いながら、萎びた乳首を出して見せた。「一生懸命に吸うんでね、こんなにまっ赤になってしまった」自分もいつか笑っていた・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 鑢屋の子の川島は悠々と検閲を終った後、目くら縞の懐ろからナイフだのパチンコだのゴム鞠だのと一しょに一束の画札を取り出した。これは駄菓子屋に売っている行軍将棋の画札である。川島は彼等に一枚ずつその画札を渡しながら、四人の部下を任命した。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・の着物の端巾を貰い、ゴム人形に着せたのを覚えている。その又端巾は言い合せたように細かい花や楽器を散らした舶来のキャラコばかりだった。 或春先の日曜の午後、「初ちゃん」は庭を歩きながら、座敷にいる伯母に声をかけた。「伯母さん、これは何・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ この命令に押し飛ばされて、二人はゴムマリのように隊を飛び出すと、泡を食って農家をかけずり廻った。 ところが、二人はもともと万年一等兵であった。その証拠には浪花節が上手でも、逆立ちが下手でも、とにかく兵隊としての要領の拙さでは逕庭が・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・やがて、戸を閉め切って、ガスのゴム管を引っぱり上げた。「マダム、今夜はスキ焼でっか」階下から女給が声かけた。栓をひねった。 夜、柳吉が紋附をとりに帰って来ると、ガスのメーターがチンチンと高い音を立てていた。異様な臭気がした。驚いて二階へ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・所を飲み廻りほつき歩いていた時分の生活とても、それは決して今の生活と較べて自由とか幸福とか云う程のものではなかったけれど、併しその時分口にしていた悲痛とか悲惨とか云う言葉――それ等は要するに感興というゴム鞠のような弾力から弾き出された言葉だ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・きなるほどこれだなと思ったのであるが、その女は自分が天理教の教会を持っているということと、そこでいろんな話をしたり祈祷をしたりするからぜひやって来てくれということを、帯の間から名刺とも言えない所番地をゴム版で刷ったみすぼらしい紙片を取り出し・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・――下駄、ゴム草履、櫛、等、等。着物以外にもこういう種々なるものが要求された。着物も、木綿縞や、瓦斯紡績だけでは足りない。お品は友染の小浜を去年からほしがっている。 二人は四苦八苦しながら、子供の要求を叶えてやった。しかし、清吉が病気に・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・黒いゲートルを巻いた、ゴム足袋の看守が両手を後にまわして、その側をブラ/\しながら何か話しかけていた……。夕陽が向う側の監獄の壁を赤く染めて、手前の庭の半分に、煉瓦建の影を斜めに落していた。――それは日が暮れようとして、しかもまだ夜が来てい・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫