・・・ 九時ごろから喫煙室でN君ハース氏らと袂別の心持ちでシャンペンの杯をあげた。……十時過ぎにストロンボリの火山島が見えた。十五夜あたりの月が明るくて火口の光はただわずかにそれと思われるくらいであった。背の低い肥ったバリトン歌手のシニョル・・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ある時の曲目中にかえるの鳴き声やらシャンペンを抜く音の交じった表題楽的なものがあった。それがよほどおかしかったと見えて、帰り道に精養軒前をぶらぶら歩きながら、先生が、そのグウ/\/\というかえるの声のまねをしては実に腹の奥からおかしそうに笑・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・キャバレーの床にシャンペンが流れ、高価な贅沢品はとぶように売れているのに、生活必需品の売れあしは、きわめてわるい、といっておりました。 天幕村の師走の夜に、つめたい青い月かげがさし、百万円の宝くじに当った人、一番ちがいで当らなかった人。・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
出典:青空文庫