・・・ そして天下茶屋のアパートの前へ車をつけると、シートの上へ倒れていた彼はむっくり起き上って、袂の中から五円紙幣を掴み出すと、それをピリッと二つに千切って、その半分を運転手に渡した。そして、何ごともなかったように、アパートの中へはいって行・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・左の手にはこれも我輩のシートを渋紙包にして抱えている。両人とも両手が塞がっている。とんだ道行だ。角まで出て鉄道馬車に乗る。ケニングトンまで二銭宛だ。レデーは私が払っておきますといって黒い皮の蟇口から一ペネー出して切符売に渡した。乗合は少ない・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 第十四話、毛生動物の話は、やはりアメリカの生んだ著名な野生動物観察者であったシートンの「動物記」の面白さを懐しく想起させずにはおかない。シートンの熊の生活の報告、狐の話その他何と鮮明に語られていることだろう。ところが、シートンの相当な・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
シートンの動物好き、動物に目と心とをひかれつくして飽きず観察に我を忘れる姿は全く一種独特である。著者が動物の面白さに身をうちこんでいる、その愛と面白さとが直接の共感となって私たちの心に流れ入って来るのである。 日本でも・・・ 宮本百合子 「シートンの「動物記」」
・・・ 科学者と云われるひとたちが、自身の誤った文学性で折角の科学的観察や記述の価値を混乱させている例は、ファーブルやシートンにも見られる。チンダルがアルプスの氷河をかいた作品などは、文学として素人であっても、科学的な態度の一貫した観察と記述・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
出典:青空文庫