・・・、屏風を立てて、友染の掻巻でおねんねさせたり、枕を二つならべたり、だったけれど、京千代と来たら、玉乗りに凝ってるから、片端から、姉様も殿様も、紅い糸や、太白で、ちょっとかがって、大小護謨毬にのッけて、ジャズ騒ぎさ、――今でいえば。 主婦・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・まず机の引き出しを整理し、さいころが出て来たので、二、三度、いや、正確に三度、机のうえでころがしてみて、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳穴を掃除し、二十種にあまるジャズ・ソングの歌詞をしるせる豆手帳のペ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・(この頃、ジャズ文学というのがあって、これと対抗していたが、これはまた眼がしらが熱くなるどころか、チンプンカンプンであった。可笑 結局私は、生家をあざむき、つまり「戦略」を用いて、お金やら着物やらいろいろのものを送らせて、之を同志とわけ・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・古典音楽のあとでジャズを聞くような感じがした。二つのものの行き方のちがいがかなりはっきり対照される。前者は何かしら考えさせよう考えさせようとする思わせぶりが至るところに鼻につくような気もするが、後者は反対に何事をも考えさせないように考えさせ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・試みに自動車とピストルとジャズの一つも現われないトーキーを作ってみたいものである。 俳句にはやはり実に巧みに「声の影法師」を取り入れた実例が多い。たとえば「鉄砲の遠音に曇る卯月かな」というのがある。同じ鉄砲でもアメリカトーキーのピストル・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・極端な古いものから極端な新しいものまでが、平気できわめてあたりまえな顔をして隣り合い並び立って、仲よくにぎやかに一九三一年らしい東京ジャズを奏しているのである。こういうものに長い間慣らされて来たわれわれはもはやそれらから不調和とか矛盾とかを・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・これがアメリカあたりの観測隊であったら、おそらく電池ぐらいかなり豊富に運び上げて、その日その日のラジオで時を殺し、そうしてまたおそらくポータブルのジャズでステップを踏み、その上にうまいコーヒーで午後の一時間を陽気に朗らかに楽しむではないかと・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ 大正から昭和へかけての妙技無用主義、ジャズ・レビュー時代がどれだけ続いて、その後にまた少し落ち着いてゆっくり深く深く掘り下げて洗練を経たものが喜ばれ尊重される時代が来るか、天文学者が遊星の運動を観測しているような、気長い気持ちで見てい・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 六 音の世界 ある日、街頭のマイクロフォンから流れ出すジャズの音を背後にして歩きながら、芭蕉翁を研究しているK君が「じっとしていて聞く音楽と、動きながら聞く音楽とがある。じっとしていて聞くような音楽はもうなくなって・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・そのおかげで帝都の復興が立派にできて、そうして七年後の今日における円タクの洪水、ジャズ、レビューのあらしが起こったのかもしれない。 三島の町の復旧工事の早いのにも驚いた。この様子では半月もたった後に来て見たらもう災害の痕跡はきれいに消え・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
出典:青空文庫