・・・寺田はむしろ悲痛な顔をしながら、配当を受取りに行くと、窓口で配当を貰っていたジャンパーの男が振り向いてにやりと笑った。皮膚の色が女のように白く、凄いほどの美貌のその顔に見覚えがある。穴を当てる名人なのか、寺田は朝から三度もその窓口で顔を合せ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私のいま持っている衣服は、あのだぶだぶのズボンとそれから、鼠いろのジャンパーだけである。それっきりである。帽子さえ無い。私は、そんな貧乏画家か、ペンキ屋みたいな恰好して、今夜も銀座でお茶を飲んだのであるが、もし、この服装のままで故郷へ現われ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・御主人は、ジャンパーなど召して、何やらいさましい恰好で玄関に出て来られたが、いままで縁の下に蓆を敷いて居られたのだそうで、「どうも、縁の下を這いまわるのは敵前上陸に劣らぬ苦しみです。こんな汚い恰好で、失礼。」 とおっしゃる。縁の下に・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・俺は、ジャンパーを作るのだ。わりにいい毛布らしいじゃないか。くれよ。どこにあるのだ。俺は帰りに持って行くぞ。これは、俺の流儀でな。ほしいものがあったら、これ持って行く! と言って、もらってしまう。そのかわり、お前が俺のところへ来たら、お前も・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・これは最近の写真です。ジャンパーに、半ズボンという軽装です。乳母車を押していますね。これは、私の小さい女の子を乳母車に乗せて、ちかくの井の頭、自然文化園の孔雀を見せに連れて行くところです。幸福そうな風景ですね。いつまで続く事か。つぎのペエジ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・部屋の隅にあった子供のおしめで顔を拭き、荒い呼吸をしながら下の部屋へ行き、店の売上げを入れてある手文庫から数千円わしづかみにしてジャンパーのポケットにねじ込み、店にはその時お客が二、三人かたまってはいって来て、小僧はいそがしく、「お帰り・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ 呼びかけた一羽の烏は、無帽蓬髪の、ジャンパー姿で、痩せて背の高い青年である。「そうですが、……」 呼びかけられた烏は中年の、太った紳士である。青年にかわまず、有楽町のほうに向ってどんどん歩きながら、「あなたは?」「僕で・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・ 私は水色のジャンパーの上から外套を引っかけ黙って部屋を出た。友達のところへ語学の教師が来る。その間、私はいつも街を歩いて来るのである。 トゥウェルフスカヤの広い通りをプラウダ社のある方へ人波に混ってゆるやかな坂を登っているうちに、・・・ 宮本百合子 「坂」
・・・○きのうは鍛冶屋の仕事仕度○黒ぶちの眼鏡にジャンパーを着たが「世界稀な憲兵政治」をもって国民にのぞんだと云っている記事を、おどろきをもってよみかえした。 何と万事は変ったろう。しかし、と○は考えた。その急激な変化に対応し・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
出典:青空文庫