・・・ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光より・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ スイスあたりの山のホテルを想わせるような帝国ホテルは外側から観賞しただけで梓川の小橋を渡り対岸の温泉ホテルという宿屋に泊った。新築別館の二階の一室に落ちついた頃は小雨が一時止んで空が少し明るくなった。 窓際の籐椅子に腰かけて、正面・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・彼女が去年まで家を貸してあった中学教師のスイス人が毎年いろんな草花を作っていた。半分は楽しみであったろうが半分は内職にしているらしいという事であった。なんでも草花の種や球根を採ってはY港のある商館へ売り込みに行くらしかった。その西洋人が去年・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・それからたしかルツェルンかチューリヒ湖畔の風景もあった。スイスの湖水と氷河の幻はそれから約二十年の間自分につきまとっていた。そうしてとうとう身親しくその地をおとずれる日が来たのであったが、その時からまたさらに二十年を隔てた今の自分には、この・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・ ベルリンから 今度の旅行中は天気の悪い日が多くて、ことにスイスでは雨や霧のためにアルプスの雪も見えず、割合につまりませんでした。それでもモンブランの氷河を見に行った日は天気がよくておもしろうございました。寒暖計・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・それと同時に、いつかスイスで某将軍の銅像を真赤に塗りつぶして捕えられ罰金を課せられた英国の学生の話を想い出した。……しかしこれは帝展とは何の関係もない事である。 これで筆を擱こうと思ってふと縁先の硝子障子から外を見ると、少しもう色付きか・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・またスイスの山間の中学校の先生が粗末な験電器の漏電を測っていたことが、少なくも間接には近代電子的物質観への導火線となり、放射性物質の発見にも一つの衝動を与えたような形になった。現在先端的な問題の一つと考えらるる宇宙線の研究でも、実はこの昔の・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・ トーマス・マン夫妻は、おりからスイスに講演旅行に出かけていてエリカとクラウスとは、もう一刻も安住すべきところでなくなったドイツを去る決心をなし、スイスの両親にそちらにとどまるようにと電報して、ただちにスイスのアローザへおもむいた。こう・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・カールはフランスに行き、スイスにゆき、今度こそ丈夫になって帰ろうとした。しかし、イエニーのいない地球のあらゆる土地は、彼の体と心とにしっくり合わなくなった。旅行は輾転反側のように見えた。一八八三年三月十四日――イエニーの死後三年目の早春に、・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ ケーテがベルリンで師事した教師はシャウフェルというスイス人で、この人はケーテの才能を愛し、教師として与え得る限りのものを与えた。若い婦人画学生としてケーテは実に熱心で、生きているモデルを描くことに長足の進歩を示した。シャウフェルは、リ・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫