・・・ ヴァイオリンの音の、起伏するのを受けて、山彦の答えるように、かすかな、セロのような音が響いて来る。それが消えて行くのを、追い縋りでもするように、またヴァイオリンの高音が響いて来る。 このかすかな伴奏の音が、別れた後の、未来に残る二・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・ 四 ストウピンのセロの演奏を聞いた。近来にない面白い音楽を聞いた。 われわれ素人の楽器を弄するのは、云わば、楽譜の中から切れ切れの音を拾い出しては楽器にこすりつけ、たたきつけているようなもので、これは問・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・この驚くべき聴感の能力のおかげで、われわれは喧騒の中に会話を取りかわす事ができ、管弦楽の中からセロやクラリネットや任意の楽器の音を拾い出す事ができる。 これに反して目のほうでは白色の中から赤や緑を抜き出す事が不可能であり、画面から汚点を・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。同じ楽器を同じ弓でひくのに、下手と上手ではまるで別の楽器のような音が出る。下手な者は無理に弓の毛を弦に押しつけこすりつけてそうしてしいていやな音をしぼり・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・私の聞いたすべての音楽は私のセロに発想の上に新しい道を開いた。私は名手から学ぶと同様に下手からも学んだ。それはどうしてはいけないかを学んだのである。私は私の生徒からも多くを学んだ。」 スペシアリストのほんとうの意義、その心得を説き尽くし・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・ 西洋人の曲馬師らしいのが居てそれが先ずセロを弾く、それから妙な懸稲のようにかけ渡した麻糸を操るとそれがライオンのように見えて来る。そのうちにライオンとも虎ともつかぬ動物がやって来て自分に近寄り、そうして自分の顔のすぐ前に鼻面を接近させ・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・なんとなく、たとえば芭蕉がヴァイオリン、野坡がセロとでもいったような気がするのである。それから「娘を堅う人にあわせぬ」と強く響くあとに「奈良通い同じつらなる細元手」と弱く受ける。「ことしは雨のふらぬ六月」はちょっと見るとなんでもないようで実・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。 ひるすぎみんなは・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ にわかにぼんやり青白い野原の向うで、何かセロかバスのやうな顫いがしずかに起りました。「そら、ね、そら。」ファゼーロがわたくしの手を叩きました。 わたくしもまっすぐに立って耳をすましました。音はしずかにしずかに呟やくようにふるえ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・今夜はピヤチゴルスキーというセロの名手をききます。久しぶりで。パストゥルの一生が映画化されて来て居ります。これも見たいと思う。お体のことは本当にあなたの御用心を願うことしかありません。 附 私の体のことをこの前の手紙に比・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫