・・・ ごじゃ/\と書類の積まさった沢山の机を越して、窓際近くで、顎のしゃくれた眼のひッこんだ美しい女の事務員が、タイプライターを打ちながら、時々こっちを見ていた。こういう所にそんな女を見るのが、俺には何んだか不思議な気がした。 持ちもの・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・たとえば風の音は衣ずれの音に似通い、ため息の声にも通じる。タイプライターの音は機関銃にも、鉄工場のリベットハマーの音にも類しうる可能性をもっている。これがためにたとえば鵞鳥の声から店の鎧戸の音へ移るような音のオーバーラップは映像のそれよりも・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・発信機の方はピアノの鍵盤のようなものにアルファベットが書いてあって、それで通信文をたたいて行くと受信機の方ではタイプライターが働いて紙テープの上にその文句をそっくりそのままに印刷して行く仕掛けである。この機械の主要な部分は発信機と受信機と両・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・たとえばタイプライターをたたいたり、ピアノをひいたりするような動作でもどうかするとひどく胃にこたえる事がしばしばあった。ことに文句に絶えず頭を使いながらせき込んで印字機の鍵盤をあさる時、ひき慣れないむつかしい楽曲をものにしようとして努力する・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・下の壁に添った棚には、黒いタイプライターのようなものが三列に百でもきかないくらい並んで、みんなしずかに動いたり鳴ったりしているのでした。ブドリがわれを忘れて見とれておりますと、その人が受話器をことっと置いて、ふところから名刺入れを出して、一・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 二人で代り番こに本の目録を作るためタイプライターをうった。 十月三十一日。 雪の上にまつのきがある。黒く強い印象的な眺めだ。どっか東洋風だ。モンゴリア人が馬に車をひかせ長い裾をハタハタひるがえして足早に雪の中をこいで行く。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・私にも、このような気持には覚えがある、十二三の頃、父が事ム所のタイプライター用紙を一箱だけ家に持って来たことがある。頁の右肩に英語で肩書や住所などの印刷された、純白で透し模様のあるパリパリした薄い紙はどんなに私を誘惑しただろう。どうか使って・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ここではタイプライターで綺麗にうった職場の壁新聞を見た。 強烈な、新鮮な建設の現実にうたれてモスクワへ帰って来た。 間もない或る日、国立出版所の店へ行くと、どこか店内の模様がかわっている。見ると、これまでズラリと壁にはめこまれていた・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ 袋をかぶせたタイプライターが一台ある。二脚のテーブルといくつかの椅子があって、鋳型職場、旋盤からの若者が四五人八時間の働きを終って楽に坐っている。初歩の文芸部員たちは多くの場合詩人である。 ――今日は誰が読むね。 マップからの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・室の真ん中にタイプライターが一台おいてあり、それに向ってほっそりした、これもごく教養的な女が膝を行儀よく揃えて坐り二人の日本女のために幾通かの紹介状をうってくれた。 出て来た時には、リラの木の下のベンチにもう誰もいず、門の前の歩道を犬を・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫