・・・半ば硝子に雪のつもった、電燈の明るい飾り窓の中にはタンクや毒瓦斯の写真版を始め、戦争ものが何冊も並んでいた。僕等は腕を組んだまま、ちょっとこの飾り窓の前に立ち止まった。「Above the War――Romain Rolland……」・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・電燈でも、飛行機でも、潜水艇でもまたタンク戦車のごときものすら欧州大戦よりずっと以前に小説家によって予想されている。市井の流行風俗、生活状態のようなものはもちろん、いろいろな時代思潮のごときものでも、すぐれた作者の鋭利な直観の力で未然に洞察・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・海翻車の歩行は何となくタンクを想い出させる。ガスマスクを付けた人間の顔は穀象か何かに似ている。今後の戦争科学者はありとあらゆる動物の習性を研究するのが急務ではないかという気がして来る。 光の加減で烏瓜の花が一度に開くように、赤外光線でも・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・海翻車の歩行はなんとなくタンクを思い出させる。ガスマスクをつけた人間の顔は穀象か何かに似ている。今後の戦争科学者はありとあらゆる動物の習性を研究するのが急務ではないかという気がして来る。 光のかげんでからすうりの花が一度に開くように、赤・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・停車場のくすぶった車庫や、ペンキのはげかかったタンクや転轍台のようなものまでも、小春の日光と空気の魔術にかかって名状のできない美しい色の配合を見せていた。それに比べて見ると、そこらに立っている婦人の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせこせした・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・方法はやはり水溜りに石油を撒き、井戸やタンクには金網を蔽うのである。 寺田寅彦 「話の種」
・・・向嶋のみならず、新宿、角筈、池上、小向井などにあった梅園も皆閉され、その中には瓦斯タンクになっていた処もあった。樹木にも定った年齢があるらしく、明治の末から大正へかけて、市中の神社仏閣の境内にあった梅も、大抵枯れ尽したまま、若木を栽培する処・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・これらの新道はそのいずれを歩いても、道幅が広く、両側の人家は低く小さく、処々に広漠たる空地があるので、青空ばかりが限りなく望まれるが、目に入るものは浮雲の外には、遠くに架っている釣橋の鉄骨と瓦斯タンクばかりで、鳶や烏の飛ぶ影さえもなく、遠い・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 来路を顧ると、大島町から砂町へつづく工場の建物と、人家の屋根とは、堤防と夕靄とに隠され、唯林立する煙突ばかりが、瓦斯タンクと共に、今しも燦爛として燃え立つ夕陽の空高く、怪異なる暮雲を背景にして、見渡す薄暮の全景に悲壮の気味を帯びさせて・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ 今戸橋をわたると広い道路は二筋に分れ、一ツは吉野橋をわたって南千住に通じ、一ツは白鬚橋の袂に通じているが、ここに瓦斯タンクが立っていて散歩の興味はますますなくなるが、むかしは神明神社の境内で梅林もあり、水際には古雅な形の石燈籠が立って・・・ 永井荷風 「水のながれ」
出典:青空文庫