・・・ 一九三五・一・五日夜 今夜はあまり風が烈しくガワガワバタバタと庇のトタンが鳴り、且つ手がつめたく新しい仕事にかかる気がないので、又一寸かきつづけます。 さっき、『クロムウェル伝』を入れるようにかきましたが、これはあっちこちをよ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その前日には、疲れているのに無理であったが北極探険隊の遭難とその救助とモスクの歓迎との実写映画を見てまだ生きていたゴーリキイがスタンドで感動し涙をハンケチで拭いている情景を見ました。五十銭です。何というやすいことでしょう。きょう『日本経済年・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・寿江子の靴下プランタンへ買いにゆくやぶれたのをはいて 伸子 マッフラー止め二ケ 手帖 スエ子靴下 マデレーヌのうしろの店でトーモロコシを買う8F 四本で電車でかえる。日没美しいcaf を一・・・ 宮本百合子 「「道標」創作メモ」
今日も雨だ。雨樋がタンタンタラ・タラタラ鳴っている。ここでは殆ど一日置き位に雨が降る。雨の日は広い宿屋じゅうがひっそりして、廊下に出ると、木端葺きの湯殿の屋根から白く湯気の立ち騰るのや崖下の渡廊下を溜塗りの重ね箱をかついだ・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・学生は堕落していて、ワグネルがどうのこうのと云って、女色に迷うお手本のトリスタンなんぞを聞いて喜ぶのである。男の贔屓は下町にある。代を譲った倅が店を三越まがいにするのに不平である老舗の隠居もあれば、横町の師匠の所へ友達が清元の稽古に往くのを・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫