・・・レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけて・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・このへんの子供にはだいぶ専門的の知識があって「チューブ」だの「パレット」だのという言葉を言っているのが聞こえた。そして浦和へんの子供とはすべての質が違っていた。 帰りに、腰に敷いていた大きな布切れのちりを払おうとした拍子に取り落とした。・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・穴の中を一町ばかり行くといわゆる two pence Tube さ。これは東「バンク」に始まって倫敦をズット西へ横断している新しい地下電気だ。どこで乗ってもどこで下りても二文すなわち日本の十銭だからこう云う名がついている。乗った。ゴーと云っ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・そして、すべての機会をのがさず、コンクリートのせまい廊下へひきずりだして、古タイヤのなかの赤いゴム・チューブで、留置者をひっぱたくのだった。女でも、ひろい室の真中に一列に正座させて、どこにも背中のもたせられないようにし、すこし居眠りしている・・・ 宮本百合子 「本郷の名物」
出典:青空文庫