・・・彼の名はヤコフ・イリイッチと云って、身体の出来が人竝外れて大きい、容貌は謂わばカザン寺院の縁日で売る火難盗賊除けのペテロの画像見た様で、太い眉の下に上睫の一直線になった大きな眼が二つ。それに挾まれて、不規則な小亜細亜特有な鋭からぬ鼻。大きな・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・彼の激しい性格の中には、ペテロのように、海風のいきおいが見られるのである。そこで彼はその幼時を大洋の日に焼かれた。それ故「海の児」「日の児」としての烙印が彼の性格におされた。「われ日本の大船とならん」というような表現を彼は好んだ。また彼の消・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ペテロに何が出来ますか。ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴の集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ペテロ答へて言ふ「なんぢはキリスト、神の子なり」 たいへん危いところである。イエスは其の苦悩の果に、自己を見失い、不安のあまり無智文盲の弟子たちに向い「私は誰です」という異状な質問を発しているのである。無智文盲の弟子たちの答一つに頼ろう・・・ 太宰治 「誰」
・・・黒色テロ。銀行を襲撃しちゃった。」 憮然と部屋の隅につっ立っていた青年は、「たしかですか?」蒼ざめていた。「もう、五六日したら、記事も解禁になるだろうと思いますが。」善光寺は、新聞社につとめていた。 さちよは、静かに窓のカー・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・精悍無比の表情を装い、斬人斬馬の身ぶりを示して居るペテロは誰。おのれの潔白を証明することにのみ急なる態のフィリッポスは誰。ただひたすらに、あわてふためいて居るヤコブは誰。キリストの胸のおん前に眠るが如くうなだれて居るこの小鳩のように優美なる・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・マルテロはわしは御馳走役じゃと云うて蝋燭の火で煮焼した珍味を振舞うて、銀の皿小鉢を引出物に添える」「もう沢山じゃ」とウィリアムが笑いながら云う。「ま一つじゃ。仕舞にレイモンが今まで誰も見た事のない遊びをやると云うて先ず試合の柵の中へ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ローマの権力に対して譲歩しない批判者であった大工の息子のイエスは、彼の意見に同感し、行動をともにするようになった漁夫のペテロそのほかの素朴な人たちとともに、苦しみのなかに生きている一人の者として、マリアを正統な人間関係の中へおくようにした。・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 君達ァ白テロ白テロってデマるから、一つその白テロをくわしてやるんだ」 ドズンと、竹刀で床を突いた。長い竹刀はちゃんとさっきからその男の横の羽目に立てかけてある。「共産党との関係を云えッ」「――そういきなり呶鳴ったって、何が何だ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ストライキと農村争議は、挙国一致の時という名目の下に今までより一層惨酷なる白テロで潰される。 支配階級のファッショ化に抗して日本のプロレタリア・農民は決意的闘いを闘おうとしているのだ。 こういう切迫した情勢の下に、三月八日の国際婦人・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
出典:青空文庫