・・・「十万円あれば、高利貸に二千円借りる必要はなかろうじゃないか。デマだよ」「十万円は定期で預けていて、引き出せんのじゃないかね」「しつこいね。僕は生れてから今日まで、銀行へ金を預けたためしはないんだ。銀行へ預ける身分になりたいとは・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・君、こりゃデマだよ」「えッ? デマですか。誰が飛ばしたんです」「俺だよ、俺がこの部屋で飛ばしてやったんだよ。この部屋はデマのオンドコだからね。エヘヘ……」「オンドコ……?」「温床だよ」 そう言ってキャッキャッと笑っていた・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・武田さんはよくデマを飛ばして喜んでいた。南方に行った頃、武田麟太郎が鰐に食われて死んだという噂がひろがった。私は本当にしなかった。武田麟太郎が鰐を食ったのなら判るが、鰐に食われるようなそんな武麟さんかねと笑った。たぶん武田さんが自分でそんな・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・本当に死んでしまったのかとそのアパートを訪れてみると、佐伯はまだ生きていて、うっかり私が洩らしたその噂をべつだん悲しみもせず、さもありなんという表情で受けとり、なにそのおれが死んだというデマは実はおれが飛ばしてやったんだと陰気な唇でボソボソ・・・ 織田作之助 「道」
・・・こんなのがデマの根になるのではないか――と。『ええ』といっておけば好いのかもしれない。それともまた『彼は立派な作家です』と言えばいいのか。ぼくはいままでほど自由な気持で君のことを饒舌れなくなったのを哀しむ。君も僕も差支えないとしても、聞く奴・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は三度も点呼を受けさせられ、そのたんびに竹槍突撃の猛訓練などがあり、暁天動員だの何だの、そのひまひまに小説を書いて発表すると、それが情報局に、にらまれているとかいうデマが飛んで、昭和十八年に「右大臣実朝」という三百枚の小説を発表したら、「・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・そうして凡庸な探偵はいつも見当ちがいの所へばかり目をつけて、肝心な罪人を取り逃がしている、その間に名探偵は、いろいろなデマやカムフラージに迷わされず、確実な実証の連鎖をじりじりとたぐって、運命の神自身のように一歩一歩目的に迫進するのである。・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そうすれば、いろんなデマはうそで農民の幸福というものはどんなものであるか分るし、そのために闘い、プロレタリアと共に勝利するだけがその幸福をわがものとする道だということがわかる。 農村、工場の真に闘っている人の中からソヴェト見学団の送られ・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
・・・文化活動者として私をわれわれの同志から、大衆から切りはなそうとする悪辣きわまるデマです。敵は、私を二年も三年も監禁する理由を発見し得なかったので、今度は体は自由でも仕事のやってゆけぬようにしようとする。 検束されていた間、それから六月二・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・それどころか、アメリカから買い込んだメリケン粉袋が埠頭に積んであるというデマさえ飛んだ。 これは、富農と買占人の奸策が成功した結果であった。 前の年から、ソヴェト政府が累進税で富農の私有財産制への実際上の復帰を統制しはじめた。その復・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫