・・・いや、口に出してそう言われるよりも、菊池のデリケートな思いやりを無言のうちに感じて、気強く思ったことが度々ある、だから、為事の上では勿論、実生活の問題でも度々菊池に相談したし、これからも相談しようと思っている。たゞ一つ、情事に関する相談だけ・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・夏目漱石さんはあらゆる方面の感覚にデリケートだったのは事実だろうが、別けても色に対する感覚は特にそうだったと思う。「ブリウブラックを使えば帳面を附けているような気がする」と好く言われた。 その割に原稿は極めてきたなかった。句読の切り方な・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・緑雨のデリケートな江戸趣味からは言文一致の飜訳調子の新文体の或るものは気障であったり、或るものは田舎臭かったりして堪らなかったようだ。 が、緑雨の傑作はやはり『油地獄』と『雨蛙』であろう。この二つはいずれも緑雨自身の不得意とする作で、人・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・が、芸術となると二葉亭はこの国士的性格を離れ燕趙悲歌的傾向を忘れて、天下国家的構想には少しも興味を持たないでやはり市井情事のデリケートな心理の葛藤を題目としている。何十年来シベリヤの空を睨んで悶々鬱勃した磊塊を小説に托して洩らそうとはしない・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・近松でも西鶴でも内的概念よりはヨリ多くデリケートな文章味を鑑賞して、この言葉の綾が面白いとかこの引掛けが巧みだとかいうような事を能く咄した。また紅葉の人生観照や性格描写を凡近浅薄と貶しながらもその文章を古今に匹儔なき名文であると激賞して常に・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 然るにこのナチュラルな気持、デリケートな気持と云うものを感じなくて、すべてのものを心から感ずると云うことを嫌い、何物の刺戟にも感じないと云うのを誇るのを称して、近代的特色と云うならば、実に滑稽と云うの外はない。それは、形式に囚われたの・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 今日、私は、独り芸術とは限らないが、まず芸術に、それが危機にあると言い得るのは、その作者と立場との関係が、極めてデリケートに置かれているからである。 要するに、作者の人格をおいてこの問題は他にないには違いない。けれど、その個人的で・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・今ここにこのデリケートな問題を論じる事は困難であり、また論じようと思わない。 要は、予報の問題とは独立に、地球の災害を予防する事にある。想うに、少なくもある地質学的時代においては、起り得べき地震の強さには自ずからな最大限が存在するだろう・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・の人の唯一の情緒生活のきずなの無残に断たれるという場面が一種の伏線となっているので、それでこそ後にポーラの楽屋のかもし出す雰囲気の魅力が生きて働いてくるように思われるが、この芝居には、そういったようなデリケートな細工などは一切抜きにして全く・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかしその時考えた事はここに書くにはあまりに複雑でそしてデリケートな、そして纏りのつきかねるものであった。 このような事を考えた翌日の同じ時刻に私は例のように二階の机の前に坐った。そして昨日の簑虫はと思っておおよそこの辺かと思う見当を捜・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫