・・・それは或文化住宅の前にトラック自動車の運転手と話をしている夢だった。僕はその夢の中にも確かにこの運転手には会ったことがあると思っていた。が、どこで会ったものかは目の醒めた後もわからなかった。「それがふと思い出して見ると、三四年前にたった・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・なにしろ、東京では、日に幾人ということなく、自動車や、トラックの犠牲となっているから、この後も、よく気をつけなければならない。それに較べると、田舎は、安心して道が歩けるし、しぜん人の気持ちも、のんびりとしているのだね。」と、主人は、いいまし・・・ 小川未明 「空晴れて」
良吉は、重い荷物を自転車のうしろにつけて走ってきました。 その日は、あつい、あつい日でした。そこは大きなビルディングが、立ち並んでいて、自動車や、トラックや、また自転車が往来して、休むようなところもなかったのです。 そのうち、・・・ 小川未明 「隣村の子」
・・・たいして、急がなければならぬことでないのに、彼等は自動車に乗り、また、出なくて家にいてもいゝのに、外へ出たり、また、それ程、物資に欠乏していないのにかゝわらず、物資をその上にも輸送し、輸入するために、トラックを走らせたり、すべてが、必然に迫・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・ 赤井は、なんだ、なんだと集まって来た弥次馬を見廻しながら、「この人達に、貴様が戦争の終った日に、何と何とをトラックで運ばせたか、一部始終ばらしたるぞ!」 そう言うと、隊長は思わず真赧になって、唸っていたが、やがて、「覚えと・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ある者は半島の他の温泉場で板場になっている。ある者はトラックの運転手をしている。都会へ出て大工や指物師になっている者もある。杉や欅の出る土地柄だからだ。しかしこの百姓家の二男は東京へ出て新聞配達になった。真面目な青年だったそうだ。苦学という・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・いっそトラックを一周おくれて、先頭になりましょうか。ひとつ御指導を得て、恋愛の稽古もはじめたい。歴史を勉強しましょうか。哲学とやらは如何。語学は。 告白すると、私は、ショパンの憂鬱な蒼白い顔に芸術の正体を感じていました。もっと、やけくそ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・翌る朝、青扇夫婦はたくさんの世帯道具をトラックで二度も運ばせて引越して来たのであるが、五十円の敷金はついにそのままになった。よこすものか。 引越してその日のひるすぎ、青扇は細君と一緒に僕の家へ挨拶しに来た。彼は黄色い毛糸のジャケツを着て・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・集金に行ってコップ酒を無理強いにするトラック屋の親爺などに逢えば面白いが、机の前に冷然としている、どじょう髭の御役人に向って、『今日は、御用はありませんか。』『ない。』『へい、ではまたどうぞ。』とか、『商人は外で待ってろ。』とか、『一厘』の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・一時ちかくなって、来た、来たという叫びが起って、間もなく兵隊を満載したトラックが山門前に到着した。T君は、ダットサン運転の技術を体得していたので、そのトラックの運転台に乗っていた。私は、人ごみのうしろから、ぼんやり眺めていた。「兄さん」・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫