・・・保吉はニッケルの時計を出し、そのニッケルの蓋の上に映った彼自身の顔へ目を注いだ。いつも平常心を失ったなと思うと、厭でも鏡中の彼自身を見るのは十年来の彼の習慣である。もっともニッケルの時計の蓋は正確に顔を映すはずはない。小さい円の中の彼の顔は・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・冷かし数の子の数には漏れず、格子から降るという長い煙草に縁のある、煙草の脂留、新発明螺旋仕懸ニッケル製の、巻莨の吸口を売る、気軽な人物。 自から称して技師と云う。 で、衆を立たせて、使用法を弁ずる時は、こんな軽々しい態度のものではな・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・太きニッケル製の時計の紐がだらりとあり。村越 さあ、どうぞ。七左 御免、真平御免。腰を屈め、摺足にて、撫子の前を通り、すすむる蒲団の座に、がっきと着く。撫子 ようおいで遊ばしました。七左 ははっ、奥さん。(と・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ お姉さんは、ニッケル製の子供持ちのを買ってきてくださいました。良ちゃんは、喜んで、「どうも、ありがとう。」と、いって、お姉さんにお礼をいいました。そして、それをさっそく洋服のポケットに差して、お友だちに見せようと遊びに出ました。・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・といって、乙は雪の上に落ちていたニッケル製のハモニカを拾い上げました。それはいつか太郎が吹いているのを見て覚えがあるのでした。「どうして、こんなところに落ちていたろうね。」と、丙がいいました。「きっと太郎は海のあっちへいって・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・彼は卓のしたのニッケルの煙草入から煙草を一本つまみだし、おちついて吸いはじめた。「ほんとうは私の田舎からの仕送りがあるのです。いいえ。私は女房をときどきかえるのがほんとうだと思うね。あなた。箪笥から鏡台まで、みんな私のものです。女房は着のみ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・いま、壱唱、としたためて、まさしく、奇蹟あらわれました。ニッケル小型五銭だまくらいの豆スポット。朝日が、いまだあけ放たぬ雨戸の、釘穴をくぐって、ちょうど、この、「壱唱」の壱の字へ、さっと光を投入したのだ。奇蹟だ、奇蹟だ、握手、ばんざい。ばか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・薄ぎたないかび臭い場面などはどこにも見られないで、言わば白いエナメルとニッケルの光沢とが全編の基調をなしているようである。どうもこういうのが近ごろのアメリカ映画の一つの定型であるらしい。たとえば「白衣の騎士」などもやはり同じ定型に属するもの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・例えば、当時流行した紫色鉛筆の端に多分装飾のつもりで嵌められてあったニッケルの帽子のようなものを取外してそれをシャーレの水面に浮かべ、そうしてそれをスフェロメーターの螺旋の尖端で押し下げて行って沈没させ、その結果から曲りなりに表面張力を算出・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・これに反して日本出来のは見掛けのニッケル鍍金などに無用な骨を折って、使用の方からは根本的な、油の漏れないという事の注意さえ忘れている。 ただアメリカ製のこの文化的ランプには、少なくも自分にとっては、一つ欠けたものがある。それを何と名づけ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
出典:青空文庫