・・・けれども青い幌を張った、玩具よりもわずかに大きい馬車が小刻みにことこと歩いているのは幼目にもハイカラに見えたものである。 一六 水屋 そのころはまた本所も井戸の水を使っていた。が、特に飲用水だけは水屋の水を使っていた・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・道具だてはしないが、硝子戸を引きめぐらした、いいかげんハイカラな雑貨店が、細道にかかる取着の角にあった。私は靴だ。宿の貸下駄で出て来たが、あお桐の二本歯で緒が弛んで、がたくり、がたくりと歩行きにくい。此店で草履を見着けたから入ったが、小児の・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「何だ、進藤延一、へい、変に学問をしたような、ハイカラな名じゃねえか。」 と言葉じりもしどろになって、頤を引込めたと思うと、おかしく悄気たも道理こそ。刑事と威した半纏着は、その実町内の若いもの、下塗の欣八と云う。これはまた学問をしな・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・その数のうちには、トルストイのような自髯の老翁も見えれば、メテルリンクのようなハイカラの若紳士も出る。ヒュネカのごとき活気盛んな壮年者もあれば、ブラウニング夫人のごとき才気当るべからざる婦人もいる。いずれも皆外国または内国の有名、無名の学者・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・今聞くと極めて珍妙な名称であるが、その頃は頗るハイカラに響いたので、当日はいわゆる文明開化の新らしがりがギシと詰掛けた。この満場爪も立たない聴衆の前で椿岳は厳乎らしくピヤノの椅子に腰を掛け、無茶苦茶に鍵盤を叩いてポンポン鳴らした。何しろ洋楽・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・議会の開けるまで惰眠を貪るべく余儀なくされた末広鉄腸、矢野竜渓、尾崎咢堂等諸氏の浪花節然たる所謂政治小説が最高文学として尊敬され、ジュール・ベルネの科学小説が所謂新文芸として当時の最もハイカラなる読者に款待やされていた。 二十五年前には・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ダアクの操り人形然と妙な内鰐の足どりでシャナリシャナリと蓮歩を運ぶものもあったが、中には今よりもハイカラな風をして、その頃流行った横乗りで夫婦轡を駢べて行くものもあった。このエキゾチックな貴族臭い雰囲気に浸りながら霞ガ関を下りると、その頃練・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 喫茶店や料理店の軽薄なハイカラさとちがうこのようなしみじみとした、落着いた、ややこしい情緒をみると、私は現代の目まぐるしい猥雑さに魂の拠り所を失ったこれ等の若いインテリ達が、たとえ一時的にしろ、ここを魂の安息所として何もかも忘れて、舌・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・話がたまたま某というハイカラな小説家のことに及び、彼は小説を女を口説くための道具にしているが、あいつはばかだよと坂口安吾が言うと、太宰治はわれわれの小説は女を口説く道具にしたくっても出来ないじゃないか、われわれのような小説を書いていると、女・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・箱など当時としては随分思いきったハイカラな意匠で体裁だけでいえば、どこの薬にもひけをとらぬ斬新なものだった。なお、大阪市内だけだが、新聞に三行広告も出してやった。 無論、全部おれが身銭を切ってしてやったことで、なるほどあとでの返しはそれ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫