・・・ 母の臨終の床でも私はあまり泣かなかったし、それからいろいろの儀式のうちに礼装をした父が白いハンカチーフをとり出して洟をかむときも、並んで坐っている私はその父の姿を渾心の力で支えるような気持で矢張りあまり泣けなかった。三十七年もの間生活・・・ 宮本百合子 「母」
・・・こういう場所の光景に馴れない目には、どの人も一様に片手に傍聴券と財布、紙、ハンカチーフなどをもち添えて、後から押されながら顎をつき出す形で一人ずつ狭く扉を入ってゆく様子が何とはなしまことに奇妙である。次のどこかで着物までもぬぐ下準備のような・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・当時私の心持を支配する他の理由もあって、私は涙も出ず、折々白いハンカチーフで洟をかむ父の側にひかえていた。 一月三十日の夜かえって、人出入りのはげしい二階座敷に、父がふだん寝ていると余り違わない様子で黒羽二重の紋服をさかしまにかけられて・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・思いがけないおついしょうにびっくりして、手にもっていた小さいハンカチーフを絨毯の上へ落した。すると、お菓子のような将校は、いとも優雅にそのハンカチーフを拾って――どうぞ――とフランス語で云いながら渡してくれた。 いよいよメーデーの朝にな・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
出典:青空文庫