・・・と、いって、お姉さんは、ハンドバッグから、シャープ=ペンシルを出して良ちゃんの手にお渡しになりました。 良ちゃんは、いつかもこうして、無理に美しい、コンパクトの容器をもらったことを思い出すと、今度も、これをもらえるのでないかと思いました・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・化粧品と一緒にハンドバッグに入っていたためだろう。 私は彼女のパトロンは葉巻を吸うような男だから、恐らく彼女をホテルへ連れて行くだろうと思った。彼女は化粧栄えのする顔立ちで、ホテルの食堂へはいっても人目を惹くだろうが、それにしては身につ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・泣くような笑うような不思議な声を挙げて、若い女のひとたちにも挨拶して、またもくるくるコマ鼠の如く接待の狂奔がはじまりまして、私がお使いに出されて、奥さまからあわてて財布がわりに渡された奥さまの旅行用のハンドバッグを、マーケットでひらいてお金・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ Kは、三種類の外国煙草を、ハンドバッグから、つぎつぎ取り出す。 いつか、私は、こんな小説を書いたことがある。死のうと思った主人公が、いまわの際に、一本の、かおりの高い外国煙草を吸ってみた、そのほのかなよろこびのために、死ぬること、・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・女はテーブルの上のハンドバッグを引き寄せ、「失礼しました。そんなつもりで、お呼びしたのでは、……」と言いかけて、泣き面になった。 それは、実にまずい顔つきであった。あまりにまずくて、あわれであった。「あ、ごめんなさい。一緒に出ましょ・・・ 太宰治 「父」
・・・けれども、恋人の森ちゃんは、いつも文学の本を一冊か二冊、ハンドバッグの中に入れて持って歩いて、そうしてけさの、井の頭公園のあいびきの時も、レエルモントフとかいう、二十八歳で決闘して倒れたロシヤの天才詩人の詩集を鶴に読んで聞かせて、詩などには・・・ 太宰治 「犯人」
・・・歴史は繰り返すとすれば今に貴婦人たちやモガたちが等身大のリボン付きのステッキにハンドバッグでもつるしたのを持って銀座を歩くようになるとおもしろい見物であろう。 ついでながら、桿状菌バクテリアの語源がギリシア語のステッキであるのはちょっと・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・それから二三日たってから、宅の他の子供がデパートでハンドバッグを掏摸にすられた。そうして電車停留場の安全地帯に立っていたら、通りかかったトラックの荷物を引っ掛けられて上着にかぎ裂きをこしらえた。その同じ日に宅の女中が電車の中へだいじの包みを・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・ 然らば当今の女子、その身には窓掛に見るような染模様の羽織を引掛け、髪は大黒頭巾を冠ったような耳隠しの束髪に結い、手には茄章魚をぶらさげたようなハンドバッグを携え歩む姿を写し来って、宛然生けるが如くならしむるものはけだしそのモデルと時代・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・つれの女の子、チェックのアンサンブル黒いハンドバッグと手袋とをその男がもってやっている。このよた、ちっとも笑顔をせず。「あっちへつけときましたから」「おつけになって下さいましたの?」「ええ」〔欄外に〕バアの女給。・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
出典:青空文庫