・・・ 日本人の労働者は単に日本人と生まれたが故に、パナマから退去を命ぜられた。これは正義に反している。亜米利加は新聞紙の伝える通り、「正義の敵」と云わなければならぬ。しかし支那人の労働者も単に支那人と生まれたが故に、千住から退去を命ぜられた・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕のとなりには、ジョオンズが、怪しげなパナマをふっている。その前には、背の高い松岡と背の低い菊池とが、袂を風に翻しながら、並んで立っている。そうして、これも帽子をふっている。時々、久米が、大きな声を出して、「成瀬」と呼ぶ。ジョオンズが、口笛・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・そう言い乍ら突き上げたパナマ帽子のように、簡単に私の痛い所を突いて来た。「いや、若さがないのが僕の逆説的な若さですよ。――僕にもビール、あ、それで結構」「青春の逆説というわけ……?」発売禁止になった私の著書の題は「青春の逆説」だった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ この乗客は三十前後の色の白い立派な男である。パナマらしい帽子にアルパカの上衣を着て細身のステッキをさげている。小さな声で穏やかに何か云っていたが、結局別に新しい切符を出して車掌に渡そうとした。 二人の車掌が詰め寄るような勢いを示し・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買って被っている。女もいつの間に拵らえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。 豆腐屋が喇叭を吹いて通った。喇叭を口へあてがっているん・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・そして大きなへりのついたパナマの帽子と卵いろのリンネルの服を買いました。 次の朝わたくしは番小屋にすっかりかぎをおろし、一番の汽車でイーハトーヴォ海岸の一番北のサーモの町に立ちました。その六十里の海岸を町から町へ、岬から岬へ、岩礁から岩・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・その時、路の彼方に大人の男が現れた。パナマの縁をふわふわさせながら。―― みのえは、坂を下り出した。子供の微かな叫び声と、赫土の空地が行手にある。あたりは先刻の通り静かで、秋日和で、白い雲は空に光っていた。みのえは、それが不思議な気がし・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫