・・・しかし女の断髪は勿論、パラソルや踵の低い靴さえ確に新時代に出来上っていた。「幸福らしいね。」「君なんぞは羨しい仲間だろう。」 O君はK君をからかったりした。 蜃気楼の見える場所は彼等から一町ほど隔っていた。僕等はいずれも腹這・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・荒神橋には自転車が通り、パラソルや馬力が動いていた。日蔭は磧に伸び、物売りのラッパが鳴っていた。 五 喬は夜更けまで街をほっつき歩くことがあった。 人通りの絶えた四条通は稀に酔っ払いが通るくらいのもので、夜霧はア・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 藁草履を不用にする地下足袋や、流行のパラソルや、大正琴や、水あげポンプを町から積んで。そして村からは、高等小学を出たばかりの、少年や、娘達を、一人も残さず、なめつくすようにその中ぶるの箱の中へ押しこんで。 自動車は、また、八寸置き・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・こんな暑いのに外を歩くのはつらいものです。パラソルをさして歩くと、少したすかるかも知れませんが、男がパラソルをさして歩いている姿は、あまり見かけませんね。 本当に何も話題が無くていけません。画の話? それも困ります。以前は私も、たいへん・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・白いパラソル。桜の一枝。さらば、ふるさと。ざぶりと波の音。釣竿を折る。鴎が魚を盗みおった。メルシイ、マダム。おや、口笛が。――なんのことだか、わからない。まるで、出鱈目である。これが、小説の筋書である。朝になると、けろりと忘れている百千の筋・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・白いパラソルをくるくるっとまわした。「けさ、おゆるしが出たのよ。」奥さんは、また、囁く。 三年、と一口にいっても、――胸が一ぱいになった。年つき経つほど、私には、あの女性の姿が美しく思われる。あれは、お医者の奥さんのさしがねかも知れ・・・ 太宰治 「満願」
・・・雪江はパラソルに日をさえながら、飽かず煙波にかすんでみえる島影を眺めていた。 時間や何かのことが、三人のあいだに評議された。「とにかく肚がすいた。何か食べようよ」私はこの辺で漁れる鯛のうまさなどを想像しながら言った。 私たちは松・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・家の前の道を、パッと陽の光りをはじけかしてクリーム色のパラソルがとおってゆく。もちろんパラソルにかくれた顔がだれだからというのではなくて、若い女一般にたいしてはずかしい。乞食のような風ていも、竹びしゃくつくりもはずかしい。「けがしたかい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・クニッペルがひらひらのついた流行型のパラソルをさしてそれを女優らしく笑いながら観ている。チェホフは黒い服だ。書斎は今ランプが点っている。まだ石油は臭わない。かなりよい。その下でチェホフは白い紙を展べ、遠くはなれて暮している女優の妻へ手紙を書・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・華やかなパラソル。リズム模様、最新流行モダーン染。 ――上へ参ります、上へ参ります。 ――美容術をやって見せるんだよ。 ――だって二十銭も違うんだもん、そりゃそうだろう。 緑色の仕着せを着た音楽隊はフィガロの婚礼を奏し、飾棚・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫