・・・「あのぼんやりしているのはレンズのピントを合せさえすれば――この前にあるレンズですな。――直に御覧の通りはっきりなります。」 主人はもう一度及び腰になった。と同時に石鹸玉は見る見る一枚の風景画に変った。もっとも日本の風景画ではない。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・昭和通りに二つ並んで建ちかかっている大ビルディングの鉄骨構造をねらったピントの中へ板橋あたりから来たかと思う駄馬が顔を出したり、小さな教会堂の門前へ隣のカフェの開業祝いの花輪飾りが押し立ててあったり、また日本一モダーンなショーウィンドウの前・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・写真機のピントガラスに映った自然や、望遠鏡の視野に現われた自然についても、時に意外な発見をして驚くのは何人にも珍しくない経験である。 芸術家としてどうすれば新しい見方をする事が出来るかという事は一概に云えない。それは人々の天性や傾向にも・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 雄鳥の、雨が降ると今までピント中世紀の武士の頭かざりのような尾をダラリとたれてしまう。 まるでおちぶれたおくげさんか、急に丸腰になった武士のような気がする。 文章なんかをよくまねる人がある。私も覚えがある。自分で作る時より・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫