・・・彼らの一人は相手の名前をいつもカリフラと称していた。僕はいまだに花キャベツを食うたびに必ずこの「カリフラ」を思い出すのである。 二四 中洲 当時の中洲は言葉どおり、芦の茂ったデルタアだった。僕はその芦の中に流れ灌頂や・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・父は暗い空の上からこう言った気がして、私はフラフラと昏倒するような気持になった。そこの梅の老木の枝ぶりも、私には誘惑だった。私はコソコソと往きとは反対の盗み足で石段を帰ってきたが、両側の杉や松の枝が後ろから招いてる気がして、頸筋に死の冷めた・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・それで、その高地を崩していた土方は、まるで熱いお湯から飛びだしてきたように汗まみれになり、フラフラになっていた。皆の眼はのぼせて、トロンとして、腐った鰊のように赤く、よどんでいた。 棒頭が一人走っていった。 もう一人がその後から走っ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・たとえば大砲の砲腔をくり抜くときに熱を生ずることから熱と器械的のエネルギーとの関係が疑われてから以来、初めはフラスコの水を根気よく振っていると少し温まるといったような実験から、進んで熱の器械的当量が数量的に設定されるまで、それからまた同じよ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・余はその下に綿入を重ねた上、フラネルの襦袢と毛織の襯衣を着ていたのだから、いくら不愉快な夕暮でも、肌に煮染んだ汗の珠がここまで浸み出そうとは思えなかった。試ろみに綿入の背中を撫で廻して貰うと、はたしてどこも湿っていなかった。余はどうして一番・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・大抵は鼠色のフラネルに風呂敷の切れ端のような襟飾を結んで済ましておられた。しかもその風呂敷に似た襟飾が時々胴着の胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ T・O夫人、山梔のボタン・フラワ。白駝鳥の飾羽毛つきの帽。飽くまで英国――一九〇〇年代――中流人だ。識ろうとする欲求によってではなく、社交上の情勢によって、顔役として坐っていた。○アングロサクソン人の、ロシア及ドイツに対する無智な・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・あみを流れのすぐそばに置いて二人は今すくった少しばかりの小魚をなべの中にあけて居る間にあみは一つフラフラと流れ出した。 二人の気のついた時にはもうかなりはなれた所を浮いて居た。 「アラー」 先に気のついた仙二の娘はとび出した様・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・だがこういう握手―― ――フランス語おはなしなさいますか? まわりがあまり静かすぎるのと一緒に日本女は気がむしゃついた。 ――私どもなら話しますからどうぞ。 ――英語は残念ながら私にわかりません。 エレーナ・アレクサンド・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・働かすためにお前を雇っているのだというから、また翌日からフラフラの体を押して働きに出る。亭主だって僅の賃銀をもらい、しかも酒を飲むから、女房が働かなければ口がすごせない。 工場へ赤ん坊はつれて行けないから、四つ五つの上の子に守をさせる。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
出典:青空文庫