・・・又今日の民衆はブラジル珈琲を愛しています。即ちブラジル珈琲は善いものに違いありません。或作品の芸術的価値の『より善い半ば』や『より悪い半ば』も当然こう言う例のように区別しなければなりません。「この標準を用いずに、美とか真とか善とか言う他・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そこで自分は仕方がなく、椅子の背へ頭をもたせてブラジル珈琲とハヴァナと代る代る使いながら、すぐ鼻の先の鏡の中へ、漫然と煮え切らない視線をさまよわせた。 鏡の中には、二階へ上る楷子段の側面を始として、向うの壁、白塗りの扉、壁にかけた音楽会・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ もっとも、珈琲といえば、今日の大阪の盛り場には、銀座と同じように、昔の香とすこしも変らぬモカやブラジルの珈琲を飲ませる店が随分出来ている。 しかし、私たちは、そんな珈琲を味うまえにまず、「こんな珈琲が飲める世の中になったのか、・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・本物のブラジル珈琲やぞ」 豹吉が言うと、ブラジル珈琲とはどんなものか、二人にはまるで判らなかったが、びっくりしたような眼を、一層くるくるさせて、「ほんまか、大将!」 十八の豹吉を大将と呼んだ。「大将大将いうな。日本に大将なん・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・別府じゃろくな店もおまへんが、まあ『ブラジル』やったら、ちょっとはましでっしゃろか」 土地の女の顔を見て、通らしく言った。そんな自分が哀れだった。 キャラメルの広告塔の出ている海の方へ、流川通を下って行った。道を折れ、薄暗い電燈のと・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ぼくは今に働いて自分で金をもうけてどこへでも行くんだ。ブラジルへでも行ってみせる。五月十二日、今日また人数を調べた。二十八人に四人足りなかった。みんなは僕だの斉藤君だの行かないので旅行が不成立になると云ってしきりに責めた。武田先・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ ブラジルでコーヒー畑の間を歩いて居る裸足の日本海外移民の魂には消えぬ望郷がある。日本にしかないソーユが構成した生理的望郷がある。ワシントン市在留駐米日本大使の知らぬこれは強烈な感覚的思慕だ。北緯四十*度から**度の間に弦に張られた島 ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ 題材的には数年前になかった変化があって、例えば大石千代子氏のブラジル移民を描いた小説、小山いと子氏の「オイル・シェール」のような題材のもの、川上喜久子氏の朝鮮を背景とした作品など出ている。そのほか多くの婦人作家たちが、満州、支那、南洋・・・ 宮本百合子 「拡がる視野」
・・・ 大石千代子さんは、ブラジルに十年の余も暮し、南洋にも暮し、書きたい題材はいっぱいあって苦しいくらいだという状態で、『山に生きる人々』という作品集を大陸開拓文芸懇話会の選書で出版していられる。 大石氏の題材は多く日本からの移民の生活・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
出典:青空文庫