・・・けれども、さすがに窓の下を走る車のヘッドライトが暗闇の天井を一瞬明るく染めたのを見ると、慟哭の想いにかられた。 どういう心の動きからか、豹一はその後妓のところへしげしげと通った。工面して通う自分をあさましいと思った。なぜ通うのか訳がわか・・・ 織田作之助 「雨」
・・・三条京阪から出る大阪行きの電車が窓の外を走ると、ヘッドライトの灯が暗い部屋の中を一瞬はっとよぎって、濛々とした煙草のけむりが照らされ、私は自分の堕落が覗かれた想いにうろたえて、重く沈んでいると、「うわッ! えらい煙どんなア」 はいっ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・しかしそれは自動車が走っているというより、ヘッドライトをつけた大きな闇が前へ前へ押し寄せてゆくかのように見えるのであった。それが夢のように消えてしまうとまたあたりは寒い闇に包まれ、空腹した私が暗い情熱に溢れて道を踏んでいた。「なんという・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・と知ったかぶりして鞄を持直し、さっさと歩き出したら、其のとき、闇のなかから、ぽっかり黄色いヘッドライトが浮び、ゆらゆらこちらへ泳いで来ます。「あ、バスだ。今は、バスもあるのか。」と私はてれ隠しに呟き、「おい、バスが来たようだ。あれに乗ろ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・舞台の奥から機関車のヘッドライトが突進して来るように見えるのは、ただ光力をだんだんに強くし、ランプの前の絞りを開いて行くだけでそういう錯覚を起こさせるのではないかと思われた。 しかし、ともかくも見ただけの甲斐はあった。友人の哲学者N君に・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
出典:青空文庫