・・・……「九月×日 俺は今日道具屋にダブル・ベッドを売り払った。このベッドを買ったのはある亜米利加人のオオクションである。俺はあのオオクションへ行った帰りに租界の並み木の下を歩いて行った。並み木の槐は花盛りだった。運河の水明りも美しかった。・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・チャックは僕を小ぎれいなベッドの上へ寝かせました。それから何か透明な水薬を一杯飲ませました。僕はベッドの上に横たわったなり、チャックのするままになっていました。実際また僕の体はろくに身動きもできないほど、節々が痛んでいたのですから。 チ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・彼はベッドに腰かけたまま、不相変元気に笑いなどした。が、文芸や社会科学のことはほとんど一言も話さなかった。「僕はあの棕櫚の木を見る度に妙に同情したくなるんだがね。そら、あの上の葉っぱが動いているだろう。――」 棕櫚の木はつい硝子窓の・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・All right……All right……All right sir……All right…… そこへ突然鳴り出したのはベッドの側にある電話だった。僕は驚いて立ち上り、受話器を耳へやって返事をした。「どなた?」「あたしです。あ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・さよ子は例の窓のところにきて、石の上に立ってのぞきますと、へやのようすにすこしも変わりがなかったけれど、大きなテーブルのそばのベッドの上には、年老った娘らの父親が横たわっていました。三人の娘らは、当時のように笑いもせずに、いずれも心配そうな・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・と、答えてB医師は、自ら老人を抱えて、診察室のベッドの上に横たえて、やわらかなふとんをかけてやりました。「先生、この人は、助かりましょうか。」と、老人をつれてきた近所の人たちが、ききました。「わかりません。なにしろ極度に疲れています・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・仁丹を口に入れて、ポリポリ噛みながら、化粧して、それから、ベッドへ行くだろう。パトロンの舌には半分融けかかった仁丹がいくつもくっつく……。しかしパトロンは気づかない。 私は想像して、たまらなかった。半分融けかかった仁丹が、劇薬だったらと・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・それはまあ一般に言えば人の秘密を盗み見るという魅力なんですが、僕のはもう一つ進んで人のベッドシーンが見たい、結局はそういったことに帰着するんじゃないかと思われるような特殊な執着があるらしいんです。いや、そんなものをほんとうに見たことなんぞは・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 彼等は、戸棚や、テーブルや、ベッドなどを引っくりかえして、部屋の隅々まで探索した。彼等は、そこにある珍らしいものや、値打のありそうなものを、×××××××××××××××ろうとした。 既に掠奪の経験をなめている百姓は、引き上げる時・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 二 病室には、汚れたキタならしい病衣の兵士たちが、窓の方に頭を向け、白い繃帯を巻いた四肢を毛布からはみ出して、ロシア兵が使っていた鉄のベッドに横たわっていた。凍傷で足の趾が腐って落ちた者がある。上唇を弾丸で横にか・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫