・・・ 一階の第一スタジオの前のホールで放送の済むのを待っていると、階段を降りて来た演芸係長の佐川が、赤井を見つけて、「おやッ、珍らしい。赤団治さんじゃありませんか」 と、寄って来た。色の白い、上品な佐川の顔や、どこか済まし込んだその・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・私が聴いたのは何週間にもわたる六回の連続音楽会であったが、それはホテルのホールが会場だったので聴衆も少なく、そのため静かなこんもりした感じのなかで聴くことができた。回数を積むにつれて私は会場にも、周囲の聴衆の頭や横顔の恰好にも慣れて、教室へ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・自分は士官室で艦長始め他の士官諸氏と陛下万歳の祝杯を挙げた後、準士官室に回り、ここではわが艦長がまだ船に乗らない以前から海軍軍役に服していますという自慢話を聞かされて、それからホールへまわった。 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにし・・・ 国木田独歩 「遺言」
ぼろ洋服を着た男爵加藤が、今夜もホールに現われている。彼は多少キじるしだとの評がホールの仲間にあるけれども、おそらくホールの御連中にキ的傾向を持っていないかたはあるまいと思われる。かく言う自分もさよう、同類と信じているので・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で女友を拾い、女性の香気を僅かにすすって、深入りしようとも、結婚しようともせず、春の日を浮き浮きとスマートに過ごそうとするような青年学生、これは最もたのもしからぬ風景である。彼らが浮き・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ ダンス・ホール。喫茶店。待合。いない、いない。醜くてすごいものばかり。オフィス、デパート、工場、映画館、はだかレヴュウ。いるはずが無い。女子大の校庭のあさましい垣のぞきをしたり、ミス何とかの美人競争の会場にかけつけたり、映画のニューフ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 九月四日「サイクルホールの話聞かせてやろうか。」 又三郎はみんなが丘の栗の木の下に着くやいなや、斯う云っていきなり形をあらわしました。けれどもみんなは、サイクルホールなんて何だか知りませんでしたから、だまっていまし・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・金星音楽団の人たちは町の公会堂のホールの裏にある控室へみんなぱっと顔をほてらしてめいめい楽器をもって、ぞろぞろホールの舞台から引きあげて来ました。首尾よく第六交響曲を仕上げたのです。ホールでは拍手の音がまだ嵐のように鳴って居ります。楽長はポ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・今夜市庁のホールでうたうマリヴロン女史がライラックいろのもすそをひいてみんなをのがれて来たのである。 いま、そのうしろ、東の灰色の山脈の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹が、明るい夢の橋のようにやさしく空にあらわれる。 少女は・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
・・・日本でも、ボタン・ホールの花が、働く人民の意志の表示につながりはじめたことはおもしろく、うれしい。〔一九四九年一月〕 宮本百合子 「新しい潮」
出典:青空文庫