・・・と小さい声で唄ってみて、この子は、なんてのんきな子だろう、と自分ながら歯がゆくなって、背ばかり伸びるこのボーボーが憎らしくなる。いい娘さんになろうと思った。 このお家に帰る田舎道は、毎日毎日、あんまり見なれているので、どんな静かな田舎だ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・や、わが国特産の千代紙人形映画や、またミッキーマウスやうさぎのオスワルドやあるいはビンボーなどというおとぎ話的ヒーローを主題とした線画の発声漫画のごときものがある。まずい名称であるがかりにこれらを人工映画という名前で一括することにする。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・上のボートデッキでボーイと女船員が舞踊をやっていた。十三夜ぐらいかと思う月光の下に、黙って音も立てず、フワリフワリと空中に浮いてでもいるように。四月四日 日曜で早朝楽隊が賛美歌を奏する。なんとなく気持ちがいい。十時に食堂でゴッテスデ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・そこで私は立って窓枠にのせてあった草花の鉢をもって片隅に始めから黙って坐っていた半白の老寡婦の前に進み、うやうやしくそれを捧げる真似をしたら皆が喜んでブラボーを叫んだり手と拍いたりした。その時主婦のルコック夫人が甲高い声を張上げて Elle・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ひょうきんな浅川など、弁士が壇をおりたとき、喜んでしまって、帽子を会場の天井になげあげて、ブラボー、ブラボーと踊っている。深水や高坂や、組合員たちもだんだんに帰ってしまい、演説会が終ったときは、三吉をのぞくと、学生だけであった。「そうだ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 白塔を出てボーシャン塔に行く。途中に分捕の大砲が並べてある。その前の所が少しばかり鉄柵に囲い込んで、鎖の一部に札が下がっている。見ると仕置場の跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・余はうっとりとしているとボーンという釣鐘の音が一つ聞こえた。彼女は、オヤ初夜が鳴るというてなお柿をむきつづけている。余にはこの初夜というのが非常に珍らしく面白かったのである。あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるという・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ クラリネットもボーボーとそれに手伝っています。 ゴーシュも口をりんと結んで眼を皿のようにして楽譜を見つめながらもう一心に弾いています。 にわかにぱたっと楽長が両手を鳴らしました。みんなぴたりと曲をやめてしんとしました。楽長がど・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ 籠はフットボールのようにぽんぽん跳ねて一太にぶつかった。おかしい。面白い。一太は気のむくとおり一人で、駈けたり、ゆっくり歩いたりして往来を行った。 一太は玉子も売りに出た。 玉子のときは母親のツメオが一緒であった。玉子を持って一太・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 目醒めて来たとは、ブラボー! 何と目醒めた爺さんであることよ。私は思わず破顔しその予想もしない斬新な表現で一層照された二人の学生の近代人的神経質さにも微笑した。然し――私は堅い三等のベンチの上で揺られながら考えた。この四角い帽子をいた・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
出典:青空文庫