・・・手前隣りの低地には、杉林に接してポプラやアカシヤの喬木がもくもくと灰色の細枝を空に向けている。右隣りの畠を隔てて家主の茅屋根が見られた。 雪庇いの筵やら菰やらが汚ならしく家のまわりにぶら下って、刈りこまない粗葺きの茅屋根は朽って凹凸にな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ テニスコート。ポプラ。夕陽。サンタ・マリヤ。「つかれた?」「ああ。」 これが人の世のくらし。まちがいなし。七日。 言わんか、「死屍に鞭打つ。」言わんか、「窮鳥を圧殺す。」八日。 かりそめの、人のなさけの・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・小川の岸には楊やポプラーが並んで続いていた。草原に派手な色の着物を着た女が五六人車座にすわっていて、汽車のほうへハンカチをふったりした。やがて遠くにアルプス続きの連山の雪をいただいているのも見えだした。とある踏切の所では煉瓦を積んだ荷馬車が・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・また来るよ、そら、ね、もう向こうのポプラの木が黒くなったろう」「うん。まるでまわり燈籠のようだねえ」「おい、ごらん。山の雪の上でも雲のかげがすべってるよ。あすこ。そら。ここよりも動きようがおそいねえ」「もうおりて来る。ああこんど・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・ ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本も幾本も、高く星ぞらに浮んでいるところに来ていました。その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂のするうすくらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子をぬいで「今晩は、」と云いましたら、家の中はしぃんと・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・毎朝その乳をしぼってつめたいパンをひたしてたべ、それから黒い革のかばんへすこしの書類や雑誌を入れ、靴もきれいにみがき、並木のポプラの影法師を大股にわたって市の役所へ出て行くのでした。 あのイーハトーヴォのすきとおった風、夏でも底に冷たさ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 一太は玄関を出て、大きなポプラの樹のところを台所の方へ廻って見た。直ぐ隣りが見え、そこの庭にはダリアが一杯咲いている。一太が下駄を引ずって歩くと、その辺一面散っているポプラの枯葉がカサカサ鳴った。一太は、興にのって、あっちへ行っては下・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ そのことを知っている農民作家は、それ故、田舎娘の赤いエプロンと、ゆっくりした碧い瞳の動き、牛の鳴声、ポプラの若葉に光るガラス玉の頸飾ばかりを書いているのではない。村のコムソモールの生活も、トラクターも書く。しかし、年とった農民がそのト・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・その下にねっとり白く咲く梨の花の調子は、不安なポプラの若葉の戦ぎと伴って、一つの音楽だ。熱情的な五月の音楽だ――何の花だろう。何の花だろう。朝起きるとその木を見る。女中に訊いても樹の名を知らぬ或る朝、ところが、一番日当りよい下枝の蕾が開いた・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫