・・・そして、岩は、手を触れると、もろく、ポロ/\ところげ落ちた。三十度以上の急な斜坑を、落ちた岩は、左右にぶつかりながら、下へころころころげて行った。 七百尺に上ると、それから、一寸竪坑の方によって、又、上に行く斜坑がある。井村は又、それを・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・何時でも眼やにの出る片方の眼は、何日も何日も寝ないために赤くたゞれて、何んでもなくても独りで涙がポロポロ出るようになった。 角屋の大きな荒物屋に手伝いに行っていたお安が、兄のことから暇が出て戻ってきた。「お安や、健は何したんだ?」・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・ 山崎のガラ/\お母さんが時々元気をつけに、やってきてくれたが、このお母さんの前だと、お互の息子や娘のことを話して、お前の母はまるで人が変ったようにポロ/\涙を流した。山崎のお母さんというのは相当教育のある人で、息子たちのしている事を、・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・子猫はポロ/\/\とかすかに咽喉を鳴らし、三毛はクルークルーと今までついぞ聞いた事のない声を出して子猫の頭と言わず背と言わずなめ回していた。一度目ざめんとして中止されていた母性が、この知らぬよその子猫によって一時に呼びさまされたものと思われ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
マルコポロの名は二十年前に中学校の歴史で教わって以来の馴染ではあったが、その名高い「紀行」を自分で読んだのはつい近頃の事である。読んでみるとやはり面白い。尤も書いてある記事のあまり当てにならないという証拠は自分の狭い知識の・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・ところがマルコポロは一二七三年にこの湖のすぐ南の砂漠を通ったはずであるのに湖の事はなんとも言っていないのがおかしい。一七六〇年にシナ政府は三人のジェスュイトをこの地方へ視察に派遣したが目ざす地方には至るところ砂漠ばかりで求むる湖水はどうして・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・ マルコポロは、自分で書いたらしい本を持ってきまり悪そうにして居るし………… 地球を片手で持ちあげるジャイアントの様な気持で、得意な笑を浮べながら私は私の根元にひろがって居る、可笑しい世界をながめて居る。・・・ 宮本百合子 「暁光」
出典:青空文庫