・・・ 病トロツキイが、死都ポンペイを見物してあるいているニュウス映画を見たことがある。涙が出たくらいに、あわれであった。私たちの古典に対する、この光景と酷似して居る。源氏物語自体が、質的にすぐれているとは思われない。源氏物語と私たちとの・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・…… 八 ナポリとポンペイ五月二日 朝甲板へ出て見ると、もうカプリの島が見える。朝日が巌壁に照りはえて美しい。やがてヴェスヴィオも見えて来た。遠い異郷から帰って来たイタリア人らは、いそいそと甲板を歩き回って行・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ ポンペイの古都は火山の灰の下にもなお昔のままなる姿を保存していた実例がある。仏蘭西の地層から切出した石材のヴェルサイユは火事と暴風と白蟻との災禍を恐るる必要なく、時間の無限中に今ある如く不朽に残されるであろう。けれども我が木造の霊廟は・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その上流の方から、南のイギリス海岸のまん中で、みんなの一生けん命掘り取っているのを見ますと、こんどはそこは英国でなく、イタリヤのポンペイの火山灰の中のように思われるのでした。殊に四、五人の女たちが、けばけばしい色の着物を着て、向うを歩いてい・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ ヴェルダン市とその周囲の山々につづく村落とはまったく廃墟となっていて、市役所の跡などはポンペイの発掘された市のとおり、土台だけが遺されている。 一望果しなく荒涼とした草原を自動車は疾駆し次第に山腹よりに近づき、ドーモンその他の砲台・・・ 宮本百合子 「金色の口」
出典:青空文庫