・・・ 奴は出る杭を打つ手つき、ポンポンと天窓をたたいて、「しまった! 姉さん、何も秘すというわけじゃねえだよ。 こんの兄哥もそういうし、乗組んだ理右衛門徒えも、姉さんには内証にしておけ、話すと恐怖がるッていうからよ。」「だから、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と甘谷は前掛をポンポンと敲いて、「お千さんは大将のあすこン処へ落ッこちたんだ。」「あら、随分……酷いじゃありませんか、甘谷さん、余りだよ。」 何にも知らない宗吉にも、この間違は直ぐ分った、汚いに相違ない。「いやあ、これ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ どうも、この鼻尖で、ポンポンは穏でない。 仕方なしに、笑って見せて、悄々と座敷へ戻って、「あきらめろ。」 で、所在なさに、金屏風の前へ畏って、吸子に銀瓶の湯を注いで、茶でも一杯と思った時、あの小児にしてはと思う、大な跫足が・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・お千代が、ポンポンと手を叩く、省作は振り返って出てくる。「省さん、暢気なふうをして何をそんなに見てるのさ」「何さ立派なお堂があんまり荒れてるから」「まあ暢気な人ねい、二人がさっきからここへきてるのに、ぼんやりして寺なんか見ていて・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・この満場爪も立たない聴衆の前で椿岳は厳乎らしくピヤノの椅子に腰を掛け、無茶苦茶に鍵盤を叩いてポンポン鳴らした。何しろ洋楽といえば少数の文明開化人が横浜で赤隊の喇叭を聞いたばかりの時代であったから、満場は面喰って眼を白黒しながら聴かされて煙に・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「まだポンポン打ちよるぞ!」 ロシア人は、戦争をする意志を失っていた。彼等は銃をさげて、危険のない方へ逃げていた。 弾丸がシュッ、シュッ! と彼等が行くさきへ執念くつきまとって流れて来た。「くたびれた。」「休戦を申込む方・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ この教員室の空気の中で、広岡先生は由緒のありそうな古い彫のある銀煙管の音をポンポン響かせた。高瀬は癖のように肩を動って、甘そうに煙草を燻して、楼階を降りては生徒を教えに行った。 ある日、高瀬は受持の授業を終って、学士の教室の側を通・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・中畑さんは、その薄暗い店に坐っていて、ポンポンと手を拍って、それから手招きしたけれども、私はあんなに大声で私の名前を呼ばれたのが恥ずかしくて逃げてしまった。私の本名は、修治というのである。 中畑さんに思いがけなく呼びかけられてびっくりし・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・私が子供っぽいこと言うと、お母さんはよろこんで、こないだも、私が、ばからしい、わざとウクレレ持ち出して、ポンポンやってはしゃいで見せたら、お母さんは、しんから嬉しそうにして、「おや、雨かな? 雨だれの音が聞えるね」と、とぼけて言って、私・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・とやけに桶をポンポンたたく。門の屋根裏に巣をしているつばめが田んぼから帰って来てまた出て行くのを、羅宇屋は煙管をくわえて感心したようにながめていたが「鳥でもつばめぐらい感心な鳥はまずないね」と前置きしてこんな話を始めた。村のある旧家・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫