・・・一番まん中なのは、鏑木清方君の元禄女で、その下に小さくなっているのは、ラファエルのマドンナか何からしい。と思うとその元禄女の上には、北村四海君の彫刻の女が御隣に控えたベエトオフェンへ滴るごとき秋波を送っている。但しこのベエトオフェンは、ただ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・瀬古 ともちゃん、そのおはぎの舌ざわりはいったいどんなだったい……僕には今日はおはぎがシスティン・マドンナの胸のように想像されるよ。ともちゃん、おまえのその帯の間に、マドンナの胸の肉を少しばかり買う金がありゃしないか。とも子 なか・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・堂のわきのマドンナやクリストのお像にはお蝋燭がともって二三人ずつその前にひざまずいて祈っている。蝋燭を売るばあさんがじろじろと私を見る。堂のまん中へ立って高い色ガラスの窓から照らす日光を仰いで見るのはやはりよい心持ちがします。午後でしたから・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・そして道ばたにマドンナを祭るらしい小祠はなんとなく地蔵様や馬頭観世音のような、しかしもう少し人間くさい優しみのある趣のものであった。西洋でもこんなものがあるかと思ってたのもしいような気もした。山腹から谷を見おろすと、緑の野にまっ白な道路が真・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・栗色の髪の毛がマドンナのような可哀らしい顔を囲んでいる若後家である。その時の場所はどんな所であったか。イソダンの小さい客間である。俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨が張ってある。その天鵝絨は物を中に詰めてふくらませてあ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・私にもマドンナがいる――マドンナ……ね、貴下は私の心がわかって下さる」 ジェルテルスキーは、自分にぴったり喰いついて熱心に光っているステパンの眼をさけるようにして頷き、境の障子をあけた。彼はステパンをどう扱ってよいか決心がつかず、いつも・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫