・・・始はマンドリンかと思ったが、中ごろから、赤木があれは琴だと道破した。僕は琴にしたくなかったから、いや二絃琴だよと異を樹てた。しばらくは琴だ二絃琴だと云って、喧嘩していたが、その中に楽器の音がぴったりしなくなった。今になって考えて見ると、どう・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・のみならず彼等のまん中には耳隠しに結った女が一人熱心にマンドリンを弾きつづけていた。僕は忽ち当惑を感じ、戸の中へはいらずに引き返した。するといつか僕の影の左右に揺れているのを発見した。しかも僕を照らしているのは無気味にも赤い光だった。僕は往・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・かたわらには三人の美しい姉妹の娘らがいて、一人は大きなピアノを弾き、一人はマンドリンを鳴らし、一人はなにか高い声で歌っていました。それが歌い終わると、にぎやかな笑い声が起こって楽しそうにみんなが話をしています。じいさんは喜んで、笑い顔をして・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・そして、そのとき、美しい店の前に立って、ガラス張りの中に幾つも並んでいるオルガンや、ピアノや、マンドリンなどを見ましたとき、「お姉さま、この楽器は、みんな外国からきましたのですか。」と問いました。お姉さまは、「ああ、日本でできた・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・また、それらの中には、自分と同じ年ごろの唄うたいがいて、マンドリンを鳴らして、いろいろな歌をうたって、みんなを楽しませていました。 お姫さまはもとからマンドリンを弾くことが上手であり、また、歌をうたうことが上手でございましたから、自分も・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・そのそばに、マンドリンがかかっていました。「あれは、マンドリンだね。」と、正吉くんは、珍しそうにして、指しました。「わたし、マンドリンひけてよ。こんどいらっしゃったら、きかしてあげるわ。」と、少女は、正吉くんの顔を見て、笑いました。・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・粗末なカフェーへはいって休んでいると、奥のほうの卓を囲んで四五人の男女がマンドリンをひいて歌っています。一昨年始めて西洋の土地を踏んだ晩ゲノアの宿屋で夜ふけに窓の下でマンドリンをひきながら歌う者があった、その歌の調子がいかにも感傷的と言うの・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・四月十四日 夜甲板の椅子によりかかってマンドリンを忍び音に鳴らしている女があった。下の食堂では独唱会があった。四月十五日 自分らの隣の椅子へ子供づれの夫婦が来た。母親がどこかへ行ってしまうと、子供はマーンマーマーンマーと泣き・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・あかるい二階の障子窓から、マンドリンをひっかきながら、外国語の歌をうたっている古藤の声や、福原や、浅川のわらい声が、ずッとちがった、遠くの世界からのようにきこえていた。 三「社会問題大演説会」は、ひどく不人気だった。・・・ 徳永直 「白い道」
・・・そして先生がマンドリンを持って出て来て、みんなはいままでに習ったのを先生のマンドリンについて五つもうたいました。 三郎もみんな知っていて、みんなどんどん歌いました。そしてこの時間はたいへん早くたってしまいました。 三時間目になるとこ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫