・・・俄かやもめで、それもいたし方ないとはいうものの、ミルクで育たぬわけでもなし、いくら何でも初七日もすまぬうちの里預けは急いだ、やはり父親のあらぬ疑いがせきたてたのであろうか――と、おきみ婆さんから教えられたのは、十五の時でした。おきみ婆さんの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 珈琲、ケーキ、イチゴミルク、エビフライ、オムレツ……。 運ばれて来るたびに、靴磨きの兄弟――「うわッ、うまそうやな」 と、唾をのみ込み咽を鳴らしながら、しかし、「――これ食べてもかめへんか。ムセンインショクでやられへん・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ゆうべ学校から疲れて帰り、さあ、けさ冷しておいたミルクでも飲みましょう、と汗ばんだ上衣を脱いで卓のうえに置いた、そのとき、あの無智な馬鹿らしい手紙が、その卓のうえに白くひっそり載っているのを見つけたのだ。私の室に無断で入って来たのに違いない・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・イチゴミルク。 その上、キントンを所望とは。まさか女は誰でも、こんなに食うまい。いや、それとも?行進 キヌ子のアパートは、世田谷方面にあって、朝はれいの、かつぎの商売に出るので、午後二時以後なら、たいていひまだという。・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「ああ、ミルク。」女中にそう言いつけてから、「K、やっぱり怒っているね。ゆうべ、かえるなんて乱暴なこと言ったの、あれ、芝居だよ。僕、――舞台中毒かも知れない。一日にいちど、何か、こう、きざに気取ってみなければ、気がすまないのだ。生きて行・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・下の男の子には、粉ミルクをといてやっていたのですが、ミルクをとくにはお湯でないと具合がわるいので、それはどこか駅に途中下車した時、駅長にでもわけを話してお湯をもらって乳をこしらえるという事にして、汽車の中では、やわらかい蒸しパンを少しずつ与・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ ミルクを、草原を、雲、―― 「一行あけて。」 あとは、なぐるだけだ。「花一輪。」サインを消せみんなみんなの合作だおまえのもの私のものみんなが心配して心配して やっと咲かせた花・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・「ミルクのはいったおまんじゅう」をごちそうすると言ったS君が自分を連れて行ったのがこの喫茶室であった。おまんじゅうはすなわちシュークリームであったのである。シューというのはフランス語でキャベツのことだとS君が当時フランス語の独修をしていた自・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 帰りに追分辺でミルクの缶やせんべい、ビスケットなど買った。焼けた区域に接近した方面のあらゆる食料品屋の店先はからっぽになっていた。そうした食料品の欠乏が漸次に波及して行く様が歴然とわかった。帰ってから用心に鰹節、梅干、缶詰、片栗粉など・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・見ると紅茶です。ミルクも入れてあるらしいのです。私はすっかり度胆をぬかれました。「さあどうか、お掛け下さい。」 私はこしかけました。「ええと、失礼ですがお職業はやはり学事の方ですか。」校長がたずねました。「ええ、農学校の教師・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
出典:青空文庫